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自信喪失中 1
ファミレスを出て数歩のところで誰かが出てきたようだが、サラリーマン風の男だった。
きっと七嶋は未だに那津が姿を消したことに気づいていないのだ。
「くっそー、パフェ半分も食えなかった。……あいつのせいで……」
その上、急いでレジに千円札を置いて来たものだから、釣り銭を受け取り損ねた。
「今月はもう金欠なのに……。あーあ、やっぱバイト見つけないと厳しいなあ。ケーキ屋とかいいよなあ~。スイーツと可愛い女の子に囲まれるなんてサイコー……」
自分を奮い立たせるようなことを言ってみるが、ため息しか出ない。
ムカムカしながらも独り言ち、しかたなく帰路へ足を向けた。
強い西日が顔面を刺し、眩しさに目を開けていられない。
あいつに邪魔されなければ陽が落ちてから帰れたのに。
あの七嶋という男に文句を言いたい衝動にかられるが、せっかく逃げてきたのだからしかたがない。
もう二度と会うこともないだろうと、那津はゆっくり足を動かした。
とにかくあんなにしつこくて、奇妙でへんてこりんな男に関わるのはごめんだ。
略して妙ちくりんか……。
いや、ちょっと違うか。
なんだかどっと疲れた。軽口で呟くのすら、消耗する気がする。
もう今夜は早く寝てしまおう。
姉には「雪が降る」とか「雹(ひょう)が降る」とか騒がれそうだけど。
那津は手の平を西日にかざしてトボトボ歩いた。
「おいおまえ、待てよ」
いきなり、低く投げかけるような声に振り向くと、若い男が西日をモロに浴びて眩しそうに立っていた。
周囲に人影はないから、那津に声をかけたのだろう。
「おまえ、青海那津(おうみなつ)だよな。
「……そうだけど」
男は那津を知っているようだが、その男の顔に見覚えはなかった。
カジュアルな服装だが大人っぽくて、年上に見える。
「ええと……どちらさま? 人違いじゃないですか」
本当に知らない顔なので、那津はポカンとして答えた。
眩しいのか苛立っているのか、男はくしゃりと顔を歪めた。
正直、男の顔なんか覚えようとも思わないから、1,2回会った程度じゃ軽く忘れる。
よほどインパクトの強いやつじゃないと、覚えられない。
そうだ、例えばあの妙ちくりんな、七嶋のようなやつ。
「おまえ、可籐絢華(あやか)と付き合っていただろ」
「可籐絢華……え?」
付き合い始めて約一カ月で、那津の前から姿を消した女の名前が男の口から出たことに驚く。
那津はまじまじとその顔を見た。
「あんた、絢華の知り合い? 彼女とはとっくに別れたから、俺はもう関係ないよ」
「貴様(きさま)……」
貴様って……。
古臭いドラマのセリフみたいなんですけど、と胸の内で小さくツッコンだ。
男はなぜか、ジリジリと距離を詰めてくる。
その目は底なしに暗く鋭くて、意味が分からないが本能で何かヤバいと感じた。
意味の分からないことが立て続けに起きるなんて、本当になんて日だ。
厄日か。
「絢華は俺の、俺の女だったのに、おまえに横から奪われたんだ!」
「ええっ?」
いきなりワイシャツの襟をぐいと乱暴につかまれ引き上げられ、喉が塞がった。
「ちょ、ちょっと、なんなんだよ、やめろよ! 暴力反対!」
男の身長は那津よりやや高いが、体格は同じくらいだ。
だがその手を外そうとしても、それはがっちり食い込み、びくともしない。
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