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自信喪失中 2
「は、なせ……」
ぎゅっと首が締まり、息ができない。目も耳も塞がる感覚が、恐怖を煽る。
まじで、これはヤバい。
今まで散々、彼女をとっ替えひっ替えしてきた、罰なんだろうか。
歴代の彼女たちの顔が、走馬灯のように映像となって那津の脳裏に浮かんだ。
みんな、那津に向かって笑顔で手を振っている。
ほら、みんな笑顔じゃんか。
だって、別れるときに揉めたり、こじれたりしたケースはなかったはずだ。
みんな、円満にお別れしたんだから。
――ああ、みんな、ごめんね。決して君たちを嫌いになったわけじゃないんだ。
これは悲しい男の性(さが)なんだ……。
苦しいくせに、罪な自分に酔ってきた。
関係ないことでも考えて、気を紛らわそうと思ったのに、男が口にした名前、絢華の顔が頭に浮かんできて、次には怒りがこみ上げてくる。
那津はモテ人生まっしぐらだった。
過去に遡れば、保育園時代から、常に周囲を女の子に囲まれていた。
詳しく説明すれば、絢華に振られるまでは負け知らずだったのだ。
だから、絢華から最後に送られてきたラインのメッセージは、驚きと悔しさで、忘れたくても忘れられない。
当時の気持ちと情けなさが、同時に胸に押し寄せる。
だから、絢華のことはもう忘れたかった。
嫌だ、思い出したくない。
ほんの数秒で、いろんなことを次々考えめぐらせながら、段々腹が立ってくる。
――冗談じゃねーぞ! 俺の人生、こんな中途半端に終わらせられるか!
那津は、なんとか抵抗しながら、浅い呼吸を繰り返した。
苦しくて目前が白くなりかけた時、バタバタと駆け寄る騒がしい音が近づいてきた。
「なにやってるんだ! やめろ! 手を離せ! 警察を呼ぶぞ!」
男の体が勢いよく那津から引き剥がされた。
突如男の手から解放され、弾みで尻もちをつく。酸素を急速に吸い込んだせいでゴホゴホと咳き込んだ。
胸が痛い。
涙も滲んでくる。
「大丈夫ですか!」
ビン底眼鏡の七嶋だった。
屈み込んで那津の様子を見ているのか、分厚いビン底の眼鏡奥の目が、すぐ目の前で心配そうに揺れてるのがわかった。
「首、絞められてましたよね。痛みますか? 他に怪我してませんか」
那津は呼吸を整えるので精いっぱいだった。七嶋の、背中を摩(さす)る手の平がやけに温かく感じて安心できた。
もしも七嶋が来てくれなかったらと思うと背筋が寒くなる。
那津の顔をのぞき込む七嶋の後ろに、唖然とした表情の男が座り込んでいた。
自分の行動に驚いているのか、目がうつろで宙を泳いでいる。
「き、貴様が現れなければ、あ、絢華は、今も俺の女だったはずなのに……」
那津は苦しい胸を手で押さえ、息を整えながら言葉を絞り出した。
「あんた……何か勘違いしてるよ。……俺は自慢じゃないけど、人のものに手を出したことはないし……二股もない。絢華とは、お互いフリーだから付き合うことにしたんだ。……彩華が嘘ついてたらわかんないけど。……それに、別れてからは一度も会ってないし、メールの着信もないよ」
男は「軽々しく名前を呼ぶな」と唸るように言うと、ふらつきながら立ち上がった。
そして七嶋をチラチラ横目で見ながら、逃げるように走り出す。
「この略奪野郎! お前なんか消えちまえ!」
と、捨て台詞を吐きながら。
――ダッシュで行っちゃったよ……しかも「消えちまえ」って……。
那津は、去った男の背中に向けていた視線を、目前に戻した。
思いがけず、助っ人になってくれた七嶋は相変わらず心配そうな顔で那津を見つめている。
さっきはあんなにウザかったこの顔を見て、こんなにも安心するなんて、自分はよほど怖かったらしい。
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