49 / 132

友情と感情のはざま 9

少し前を歩いていた小次郎は、立ち止まるとゆっくり振り向いた。 やっとこっちを見てくれてほっとするが、真っ黒な双眸が潤んでいるように見えて、ドキッとする。 「あのさ、さっきの店でのことだけど……かばってもらって嬉しかった。……ありがと」 那津の感謝の言葉に、小次郎の表情は少しだけやわらかくなる。しかし、いつもの小次郎とは違い、ぎこちないのは変わらなかった。 「いえ。僕はただ、思いを正直に伝えただけです。――他人に対して、あんなに大きな声を出したのは、とても久しぶりです」 「そうだよな。お前っていっつもにこにこしてて、穏やかだもんなあ」 「那津さん」 「あ、はい」 真剣さが含まれた声で名前を呼ばれて、つい、かしこまった返事をしてしまった。 小次郎は那津の名を呼んだくせに、すぐに言葉を発さずにためらいがちに、息を吐いた。 「あの人、あの女性は……その、那津さんの彼女だったんですか」 「えっ」 「好きだったんですか? あの人のことを」 ――そうだよな。当然そう聞いてくるよな 出来ることなら、小次郎には知られたくなかった。絢華にカッコ悪く振られたことや、その理由や。……まあ、あの雰囲気で大体のことはバレてるだろうけど。 ――カッコ悪くても、こいつには嘘つきたくない それも、本心だった。 「最初に声をかけてきたのは向こう。で、一か月付き合ったけど、ラインは既読になっても返事が来なくなって……。俺も送らなくなって。自然消滅っつーか、そんな感じ」 「彼女が、絢華さんですか」 「あ、えっと……」 小次郎が絢華の名を口にしたことに驚くが、そもそも小次郎と友人関係になったのは、絢華の『自称元カレ』が那津に因縁をつけてきたのがきっかけなのだ。 だから、そう考えるのはごく自然なことだ。那津が考えていると、小次郎は慌てたように、「ごめんなさい!」と頭を下げた。

ともだちにシェアしよう!