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友情と感情のはざま 9
少し前を歩いていた小次郎は、立ち止まるとゆっくり振り向いた。
やっとこっちを見てくれてほっとするが、真っ黒な双眸が潤んでいるように見えて、ドキッとする。
「あのさ、さっきの店でのことだけど……かばってもらって嬉しかった。……ありがと」
那津の感謝の言葉に、小次郎の表情は少しだけやわらかくなる。しかし、いつもの小次郎とは違い、ぎこちないのは変わらなかった。
「いえ。僕はただ、思いを正直に伝えただけです。――他人に対して、あんなに大きな声を出したのは、とても久しぶりです」
「そうだよな。お前っていっつもにこにこしてて、穏やかだもんなあ」
「那津さん」
「あ、はい」
真剣さが含まれた声で名前を呼ばれて、つい、かしこまった返事をしてしまった。
小次郎は那津の名を呼んだくせに、すぐに言葉を発さずにためらいがちに、息を吐いた。
「あの人、あの女性は……その、那津さんの彼女だったんですか」
「えっ」
「好きだったんですか? あの人のことを」
――そうだよな。当然そう聞いてくるよな
出来ることなら、小次郎には知られたくなかった。絢華にカッコ悪く振られたことや、その理由や。……まあ、あの雰囲気で大体のことはバレてるだろうけど。
――カッコ悪くても、こいつには嘘つきたくない
それも、本心だった。
「最初に声をかけてきたのは向こう。で、一か月付き合ったけど、ラインは既読になっても返事が来なくなって……。俺も送らなくなって。自然消滅っつーか、そんな感じ」
「彼女が、絢華さんですか」
「あ、えっと……」
小次郎が絢華の名を口にしたことに驚くが、そもそも小次郎と友人関係になったのは、絢華の『自称元カレ』が那津に因縁をつけてきたのがきっかけなのだ。
だから、そう考えるのはごく自然なことだ。那津が考えていると、小次郎は慌てたように、「ごめんなさい!」と頭を下げた。
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