66 / 132
揺れる心 5
那津が出店の方へ走り出したとき、正面から歩いてくる背の高い男が視界に入った。
――え? 嘘……。
その男は小次郎にそっくりだったから、那津は自分が幻覚でも見ているのかと思ったほどだ。
「那津さん!」
小次郎のそっくりさんは、その声までもがそっくりだった。
那津が呆然と突っ立ってる間に、こちらへ駆け寄ってくる。
「那津さん、どうしたんですか! こんなところで那津さんに会えるなんて、なんだか夢みたいです……あの、那津さん?」
那津が呆けたように突っ立って、ただ見つめていると、その表情は心配そうになった。
「あ……ほんとに、小次郎?」
予想もつかない不意打ちの再会に驚きすぎて、うわずった声を出すのが精一杯だった。
しかも、このところ常に頭を占める存在の出現だ。
本物なのか確認したくて、那津は頭で考えるより先に、その男の両手を強引に引き寄せギュッと握った。
小次郎の声が「わっ」とあわてた風に言う。
「まじで本物……? え、なんで? なんで小次郎がここにいんの? 俺は、今日は友達に誘われてここに来てんだけど……」
小次郎の顔が、みるみる赤くなっていく。
「那津さん、あの」
「ええと、わりい、俺今パ二くってるかも……。いきなりお前に会えたから、嬉しくってさ。あー、もう! 自分で何言ってるかわかんない、俺」
那津の両手に包まれた手をさり気なく外し、小次郎は改めて自分の手で那津の両手をそっと包んだ。
そして、次には真剣な表情で那津を見つめた。
「僕も、那津さんに会えて心底嬉しいです。実は、今朝ここに来るまで非常に気が乗らなかったんですが、那津さんに会えたことで、今この瞬間、この場所が砂漠のオアシスに変わりました」
「小次郎……」
那津は、小次郎に両手を握られているこの恥ずかしい状況を無意識にスルーしていた。
そもそも手を握ったのは自分の方からだが、それこそ無自覚でやってのけていた。
やっぱり自分はこの男にひどく会いたかったのだと、ただそれだけを実感していた。
いつものように土曜日、こうして会いたかったのだと。
ともだちにシェアしよう!