70 / 132
揺れる心 9
那津の心の声など知る由もない小次郎は、「あっ」と小さく言った。
「毎年、小夜香の大学祭には付き合わされるんです。母や伯父からも言われているので、ほぼ恒例になってまして」
ああ、小次郎の母親と伯父さんは兄妹なわけか。
那津は胸の内でひっそり呟く。
「まあ、それも今年が最後ですけどね」
小夜香が小次郎より三つ年上なら、四年生ということになる。
小夜香の望み通り二人の婚約が整えば、小次郎は大学卒業後、小夜香と結婚して社長だという伯父の後を継ぐのだろうか。
漠然とそんな未来図を想像してしまい、不安で複雑な感情が顔を出した。
小次郎は時折、人見知りのハナに優しく声をかけている。
ハナも、物腰のやわらかい小次郎の雰囲気に、早くも打ち解けている様子だ。
学祭いうこともあり、テーブル席は満席状態だ。
三人でこの席についてからずっと、小次郎を盗み見る女たちの熱い視線をあちこちから感じている。
さすがに、ハナと小次郎が並んでいてもカップルには見えないが、
――でも、相手が小夜香だったらどうだろう。
文句なしの美男美女で(女の方は性格に難ありだが)まさに似合いのカップルだ。
――小夜香に聞かされたこと、こいつの口からちゃんと聞きたい。
二人が許婚だと小夜香に打ち明けられてから、那津はずっと落ち着かない思いを抱えている。自分でも訳がわからない。
だから、小次郎に説明してほしかった。
「なっちん、飲まないの? 味が薄くなっちゃうよ」
「あっ、いけね」
アイスの氷がかなり溶けていた。
忘れていたひりつくような喉の渇きを思い出し、ガムシロップを二個入れてかき混ぜる。
ストローで一気に飲みほすと、生きた心地が戻ってくる。
ふう、と安堵の息を吐いて顔を上げると、小次郎がニコニコしていた。
どうやら、一部始終を見られていたらしい。
「……なにニヤニヤしてんだよ」
「やだなあ、ニコニコって言ってくださいよー。極甘のアイスラテを飲む那津さんが、可愛いらしいなあと思いまして」
「なっちんは、可愛いよね」
「ですよねー」
「なんだよ、ハナまで……」
ともだちにシェアしよう!