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すれ違う心 2
もちろん、ハナはまったく悪くない。
むしろ、那津自身の気持ちの問題だ。
ーーいや、これはアレだよな。可愛がってる大型犬が、俺以外の人間に懐くのは面白くないっていう、ヤツ……?
そう考えてみても、なんだかしっくりこないし納得できない。
その答えを求めて小次郎を見ると、ばっちり視線がかち合った。
小次郎が那津に向けるのは、常に全開の笑顔か、優しい表情。
少なくとも、知り合ってから今日まではそうだった。
けれど、今はそのどちらでもなかった。
無表情に近い、真剣な表情。
店内は薄暗く、小次郎の背後にライトが当たっているためはっきりは見えない。
けれど、どんな表情なのかわかる。
ーーなんで……そんな顔してんだよ。
気になるなら、聞けばいいだけなのに、声を発することができない。
怖いほど真剣な表情の小次郎と、こうして向かい合うのは初めてだった。
動けなくて、声も出なくて、でも目が逸らせなくて。
その真っ黒な双眸に熱が込められている気がして、那津の胸の奥がぎゅっと絞めつけられる。
しばらく見つめ合う格好になり、那津はその唇が動くのを待った。
「あ、さっきの小夜香さんて人が出てきたよ」
ハナの声にはっとする。その瞬間那津は、小次郎の肩がふっと下がったのを見逃さなかった。
自覚のないまま緊張していたのだ。……多分、小次郎も。
那津も、張りつめていた糸が切れたような感じがしていた。
グランドピアノがスポットライトに照らされ、淡いパープルのドレスに着替えた小夜香が、ゆっくりと鍵盤の前に座る。曲目はやはりジャズだ。
小夜香の登場で意味不明の緊張感から解放されたが、代わりにモヤモヤと落ち着かない。
なんだか変だ。
小次郎と一緒にいるのに、何かすごく大切なことを忘れている気がしてならないのは、どうしてなんだろう。
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