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すれ違う心 3
「また、何か始まるみたいだよ」
ハナの声に、ハッと我に返る。
突然、小次郎が椅子を倒して立ち上がった。
「どした? 小次郎」
小次郎の目は奥のステージ側へ真っ直ぐ注がれている。
その視線を辿ると、ステージのそでに見覚えのある顔を見つけた。
ーーあの男……。
スッと背筋が強張るのを感じた。
忘れもしない、絢華のことで那津を襲った人物だった。
これからステージに上がる、メンバーの一人ということなのだろう。
その男は、やや緊張した面持ちで立っている。
小次郎はテーブルを離れると、どんどん男の元へ近づいていく。
「あ、おい! 小次郎!」
那津も急いでその背中を追った。
ビビってる場合じゃない。
男は、突然ステージまで接近した小次郎を見て、怪訝な顔をする。
しかし、その背後に立つ那津を見た瞬間、サッと表情をなくした。
ステージ周辺の不穏な空気に、客の視線も集まってくる。
誰かの声が、「知り合いか? 後にしてもらえよ」と言ったのが聞こえた。
「ちょっと小次郎、そんなところにいたら邪魔よ。牛谷くんもどうしたの、体調でも悪いの?」
牛谷と呼ばれた男は、近づく小次郎を避けてじりじりとステージから離れていく。
そして走り出した次の瞬間、那津を突き飛ばした。
「わっ!」
突然のことで上手く転ぶこともできず、那津は派手に尻もちをついてしまった。
「いてて……」
「那津さん!」
小次郎がすぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、どこか痛めませんでしたか?」
「ああ、多分平気……」
心配そうにのぞき込む小次郎の顔が、すごく近くてびっくりする。
さっき見つめ合った後だけに、直視できない。
顔が見れない代わりに、差し出された手は素直に取った。
一見繊細に見えるくせに意外にがっしりしているそれは、すぐに那津の手から離れ、背中に移動する。
「今は平気でも、後になって痛みが出てくる場合もあるので、そのときはすぐ僕に言ってくださいね」
「お前は過保護すぎなんだよ……俺はか弱い女子じゃないんだから」
離れてしまった手のひらに名残惜しさを感じつつ、つい、可愛くないことを言ってしまう。
――いや、俺は女の子じゃないし。いいんだよ、可愛くなくて。
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