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秘密 8

それに反応して、小次郎の手が那津の手を上から包むように握り込んできた。 前を見据えたままだから、無意識の行為なのかもしれない。 一方、牛谷は緊張感に耐えられなくなったのか、ジリジリと後ずさりを始めた。 何とかしてこの状況を変えたい。 一刻も早く、小次郎と二人で話したかった。 そのためには……はっきりいって牛谷が邪魔なわけで。 いつものように、優しい眼差しを向けて欲しい。 真っ黒な双眸に、自分だけを映して欲しい。 それに、いつまでもこの緊迫した空気に耐えられそうにない。 牛谷からは謝罪を受けたものの、苦手意識は簡単には消えてなくならない。 視界に入らないようにしてくれるなら、ありがたいと素直に思う。 那津は、自分なりに考えてみた。 何か行動を起こさない限り、きっとこの状況を変えることはできない。 那津は、小次郎の前に出ると、正面からその体に思い切り抱きついた。 「えっ? な、那津さん?」 動揺を含んだ声が、頭上から降ってくる。 「牛谷さん! 逃げて!」 「那津さん、離れてください!」 言い聞かせるように名前を呼ばれるが、言う事を聞くわけにはいかなかった。 小次郎の体は熱くて鋼のように硬い。 何度か手や腕に触れたことはあるから、見た目に反して筋肉質だというのは気づいていた。 その硬さを直に感じて、那津の体に別の意味での緊張が走る。 小次郎の体温が皮膚から流れ込み、目眩がしそうだ。 「す、すいませんでした! もう二度と青海くんの視界に入らないようにしますから! どうか、お助けくださーい!」 那津からは見えないが、おそらく脚をもつれさせながら、牛谷は走り出したようだ。 その足音はどんどん遠ざかっていく。 瞬間、小次郎の全身の筋肉が躍動するのを肌で感じるが、那津は必死にその体にしがみついて、なんとかその動きを封じた。 ♢ 「……那津さん」 静かな声がすっと耳に入ってきて、那津は我に返る。 「もう、大丈夫ですよ。そんなにしがみつかなくても、もう僕はあいつを追いかけませんから」 「ああ……うん」 力を抜いて小次郎から離れると、自分の体が気の抜けた風船のように感じられた。 よほど強くしがみついていたらしい。

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