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秘密 9
小次郎の声があまりに静かなので、やや気まずい思いで見上げると、眉を下げた小次郎と目が合う。
けれど、その顔はどこか強張っていて、やっと二人きりになれたというのに、いつものやわらかな空気とは程遠かった。
――なんで、そんな顔なんだよ……。
「あのさ、小次郎……」
何か言わなくてはと、那津は言葉を探した。
「そ、それにしてもさ、今日は慌ただしい一日だったよな。でもホントびっくりしたよ、お前と偶然会うなんて、予想できなかったから……」
少しでも空気を変えるために、必要以上に明るく言ってみるが、小次郎の反応は薄い。
ほぼ無反応だ。
小次郎の表情が読み取れない。
悲しいのか、怒っているのか、わからない。
「こじ……」
「那津さん」
名前を呼ぼうとするが、遮られる。
「送っていきます。――帰りましょう」
「…………うん」
無言のまま、二人で歩き出す。
本当はもっとゆっくり、他愛のないことを話しながら歩きたいのに。
いつもは並んで、互いの顔を見ながら歩くのに、小次郎は那津に背を向け、先を歩いている。
邪魔者がいなくなったというのに、むしろ距離を感じた。
この調子だと、何も話せないまま、あっという間に那津の自宅に着いてしまう。
――何か話したい……。いつものように。何でもいいのに。
でも、目の前の広い背中は、那津を拒否してるように感じてしまう。
自分の気持ちを自覚しただけに、ひどく臆病になっている。
――どうしたらいい? でも、メールじゃ嫌だ。話したい。
『小夜香さんに負けちゃダメ。がんばれ、なっちん』
――ハナ……。
ハナの言葉を思い出す。
それに背中を押され、勇気を出した。
「あのさ……ずっと捜し回ってくれてたんだよな、あいつを。今日は暑かったし、すごく疲れたんじゃないか?」
ピタリと小次郎の足が止まる。
ゆっくり振り向いた顔は、嬉しさと悲しさが混ざったような、複雑な表情に見えた。
「那津さん……」
「俺のために……あ、ありがと」
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