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秘密 10

「礼を言ってもらえるようなことじゃありませんよ。僕が走り回ったことなんか、どうでもいいくらいの小さな事です。……それよりも、那津さんが無事で本当によかった。あの男に何もされてなくて、本当に……」 痛みにじっと耐えるように、整った顔が歪む。 本当に心配されていたのだと実感し、那津の胸の奥が痺れるように震えた。 「小次郎……」 思わず手を伸ばしかけたが、小次郎は振り切るように前へ向き直ると、どんどん先を進んでいく。 那津の手は空を掴んだ。 「なあ、待てよ。どうしたんだよ、さっきからお前変だぞ……何を怒ってるんだよ、小次郎!」 再び小次郎の足が止まる。 「……そうですね」 「え?」 立ち止まった小次郎が、少し後ろを振り返り、横顔を見せる。 「とても、腹が立っているのは事実です」 静かに、いつもよりずっと低い声だった。 「那津さん、あなたはわかってないんです。僕がどれだけあなたのことを大切に、大事に思っているのか……わかってない」 月を隠していた雲が動いたのか、小次郎の横顔を白く照らす。 それが怖いくらい綺麗で、那津にとっては嬉しい言葉をもらったはずなのに、何故か距離を感じた。 「――牛谷が、小夜香と同じ大学だというのは調べがついていたんです。けど、まさかそこで那津さんに会えるなんて思いもしなくて、本当に驚きました。こんな偶然があるのかって……。毎年嫌々来ている学祭だけど、その事に感謝したい気持ちでいっぱいでした。ところが牛谷と小夜香が同じサークルだなんて予想外で……。せっかく那津さんに会えて凄く嬉しかったのに――」 ひんやりとした夜風が頬を撫で、空気が張りつめる。 「また那津さんがあいつに何かされたらと考えただけで、いてもたってもいられなかった。あいつを捜している間、僕がどれだけ心配で胸が張り裂けそうだったか……想像できますか?」 「小次郎……」 小次郎の悲痛な表情に、那津も胸が痛くなる。 「ファミレス前で、那津さんとあいつが対峙しているのを見た瞬間……血の気が引きました。なのにあなたは……あいつを逃がした」 「それは……」

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