91 / 132
想い 1
「俺は……俺は、本当はお前に慕ってもらうような、師匠と呼んでもらえるような人間じゃない」
小次郎の目を真っ直ぐ見ていられなくて、俯いた。
「那津さん……」
たとえ幻滅されたとしても、小次郎に嘘はつきたくなかった。
「合コンの下見で入った店で、バッタリ会った女は……絢華だ。――あの時は、正直に話す勇気がなくてごめん。あんなこと言われた後だったから余計に、お前にがっかりされたくなくて」
すっかり陽の落ちた時間帯。
周囲の静かな住宅街に、自分の声だけが響いている気がして、恥ずかしさと心細さで切なくなる。
「小次郎は、俺のこといつも褒めてくれるけど、俺は……怠け者のくせに見栄っ張りで、いい加減な人間なんだよ」
何が悲しくて、好きな相手にこんなみっともないことを打ち明けているんだろう。
那津は自虐的な気持ちにすっぽり覆われてしまい、俯き続けるしかなかった。
「那津さん……ダメですよ」
優しく囁く声に、那津はのろのろと顔を上げた。
「那津さんの個人的な大切な話を、こんなところで話しては、ダメです」
小次郎の表情が、いつもの柔らかさを取り戻していた。
それがあまりにも嬉しくて、那津は恥ずかしさを忘れてじっと黒い双眸を見つめる。
近距離でしばらく互いに見つめ合った後、すっと小次郎の方から視線が逸らされた。
ほんの少し前の那津なら、それだけでショックで落ち込むところだが……。
月明かりの下の小次郎の顔が、薄っすらと赤くなっていたから、ただドキドキするだけだった。
「あの……那津さんさえよかったら……これから僕の部屋へいらっしゃいませんか」
「……え? 行っても、いいの?」
まだ少し頬がピンク色の小次郎の、はにかんだような笑顔に、目が離せなくなる。
「もちろんです。那津さんのお話、ゆっくり聞かせてください」
「うん……お言葉に甘えて……お邪魔、しよっかな……」
二人の肩は自然に並び、駅の反対側へと歩き出した。
「――あ、おうちの方に、少し遅くなるとメールしてくださいね」
「わ、わかった」
那津はポケットからスマホを取り出すと、母親にショートメールを送信した。
ともだちにシェアしよう!