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想い 1

「俺は……俺は、本当はお前に慕ってもらうような、師匠と呼んでもらえるような人間じゃない」 小次郎の目を真っ直ぐ見ていられなくて、俯いた。 「那津さん……」 たとえ幻滅されたとしても、小次郎に嘘はつきたくなかった。 「合コンの下見で入った店で、バッタリ会った女は……絢華だ。――あの時は、正直に話す勇気がなくてごめん。あんなこと言われた後だったから余計に、お前にがっかりされたくなくて」 すっかり陽の落ちた時間帯。 周囲の静かな住宅街に、自分の声だけが響いている気がして、恥ずかしさと心細さで切なくなる。 「小次郎は、俺のこといつも褒めてくれるけど、俺は……怠け者のくせに見栄っ張りで、いい加減な人間なんだよ」 何が悲しくて、好きな相手にこんなみっともないことを打ち明けているんだろう。 那津は自虐的な気持ちにすっぽり覆われてしまい、俯き続けるしかなかった。 「那津さん……ダメですよ」 優しく囁く声に、那津はのろのろと顔を上げた。 「那津さんの個人的な大切な話を、こんなところで話しては、ダメです」 小次郎の表情が、いつもの柔らかさを取り戻していた。 それがあまりにも嬉しくて、那津は恥ずかしさを忘れてじっと黒い双眸を見つめる。 近距離でしばらく互いに見つめ合った後、すっと小次郎の方から視線が逸らされた。 ほんの少し前の那津なら、それだけでショックで落ち込むところだが……。 月明かりの下の小次郎の顔が、薄っすらと赤くなっていたから、ただドキドキするだけだった。 「あの……那津さんさえよかったら……これから僕の部屋へいらっしゃいませんか」 「……え? 行っても、いいの?」 まだ少し頬がピンク色の小次郎の、はにかんだような笑顔に、目が離せなくなる。 「もちろんです。那津さんのお話、ゆっくり聞かせてください」 「うん……お言葉に甘えて……お邪魔、しよっかな……」 二人の肩は自然に並び、駅の反対側へと歩き出した。 「――あ、おうちの方に、少し遅くなるとメールしてくださいね」 「わ、わかった」 那津はポケットからスマホを取り出すと、母親にショートメールを送信した。

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