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エピローグ2

「那津さん、それは男性ならごく当たり前の感情だと思いますよ」 「――あれ? 俺、声に出してた?」 心の中で呟いたつもりだったのに、気づかぬうちに言葉にしていたらしい。 余程リラックスしていたのか。 小次郎は口元でクスっと笑み、そんな那津の顔を隣から覗き込んで、眩しそうに目を細めた。 「女性はおしゃべりが好きですから、それにずっと合わせていると、疲れてしまうんじゃないですか」 「そうなのかな……ハナやイチカと一緒だとらくちんなんだけどなー」 「女性と男性では、脳の使い方が異なるらしいですから」 「脳……」 難しい事はわからないけれど、小次郎の言葉は素直に耳に入ってくる。 「お前も、一人になりたいことってある?」 「はい。僕はもともと、一人が好きでした」 「えっ、そうなの?」 愛しむような眼差しを向けられ、たった今リラックスしていたはずなのに、心臓がドキドキし始める。 「同級生や教師や、非常識にならない程度の交流は保っていましたけど、休日に友人と出かけることもほとんどしなかったんです。どこへ行くにも単独行動でした。……那津さんに出逢う前の話ですけどね」 「今は、違うってこと?」 「はい。少しでも長く那津さんと一緒にいたいと思ってます。会えない日は、那津さんのことばかり考えて早く会いたいって思いますし。――那津さんとの出逢いが、僕を180度変えたんです」 「小次郎……」 小次郎の手がすっと伸びてきて、那津の手を捕らえる。 「あっ、ちょっとお前……」 「大丈夫ですよ。ほら、誰もいませんから」 「……人が来たら、すぐ離すからな」 言いつつ、那津は自分からギュッと手のひらに力を込め、恋人繋ぎのように指を絡めた。 但し、恥ずかしいのでそっぽを向きながら。 「那津さん……」 駅はもう目の前だが、那津は小次郎の手を引っ張り、その手前の公園に入った。 広いグラウンドを木々の濃い緑がぐるりと囲んでいるような公園で、遊具などは一切ない。 細い散策路の階段を登りきれば、やや小高い見晴らしの良い場所に出る。 小さな古い木製のベンチがぽつんと設置されているだけだから、ほとんど人に会わないし、いたとしても虫を探しに来た小学生くらいだ。 駅を上から眺められるから、ホームが混雑している様子まで見えて、下界を見下ろしているような気分になれる。 「ここ、気に入ってる場所なんだ」 発車ベルの音がして、電車が動き出すのが見えた。 「緑が多くて、気持ちがいいですね」 那津は手を繋いだまま、ベンチに近づいた。ごく自然に、二人で並んで座った。 「……一年の時はさ、学校行くのがかったるくて……朝、登校前にここに来てた」 「……そうですか」 結構勇気を出して話したのに、小次郎は優しい眼差しのまま、前方へ視線を向けている。 駅側は、ベルやアナウンスで賑やかなのに、この場所は静かだった。 時折風が吹き、サワサワと木の枝の揺れる音、葉の擦れる音が聞こえる。 小次郎もそれを感じているのか、しばらく二人で、木々のざわめきに耳を傾けていた。

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