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エピローグ4
「ところが、高校を卒業して大学に進んで、新しい出会いがたくさんあって、まったく新しい広い世界を知ったんです。僕は、私立の小学校からエスカレーター式に中高一貫の男子校に進学したから、今までずっと、狭い箱の中で過ごしていたことに初めて気付いた。だから、余計に刺激を受けたんでしょうね。初めて欲が出たんです、きっと」
「欲?」
「ええ。僕も、同級生や先輩のように、将来やりたいことを自分で見つけて、恋愛もしてみたいって、初めて思ったんです」
じっと見つめられて、那津は口元から手を離した。
「でも……魅力的な女性は大勢いるのに、もちろん男性にも、まったくときめかない自分がいました。――そんな時、あなたに出逢ったんです、那津さん」
「俺?」
那津を見つめながら、ゆっくり頷き、小次郎は続けた。
「第一印象は、カッコよくて華やかで、遊びに慣れていそうで、僕の周囲にはいないタイプだなと思いました。でも、最初に気になったきっかけは、あなたが女性に対して、とても優しくて紳士的だったから」
「え? 俺が紳士的だって?」
「はい。駅のホームや、カフェの窓際に座っているのを何度か見かけたんです。あなたはどの女性にも優しく包み込むような笑顔を向けていて、ずいぶん外見とギャップのある人なんだなあと、目が離せなくなったんです」
駅のホームなら、ハナやクラスメイトの女子だろうし、カフェならハナか過去の彼女かもしれない。
知らなかった、小次郎に何度も見られていたなんて。
まあ、当時の那津にとって、男は視界に入ってもスルーするのが当たり前の対象だったから、知りようがないけれど。
「そんなある日、あなたが一人でいるのを見かけたんです。あなたはホームで一人電車を待っていて、なんだかひどく淋しそうに見えました。女性と一緒の時は華やかなのに、一人の時は存在を消すようにひっそりとたたずんでいた。……それからでしょうか、意識してあなたの姿を捜すようになったのは。また一人で、淋しそうにしているんじゃないかって……変ですよね、最初は単に興味を持ったからなんですけど、いつのまにか、勝手にあなたを近くに感じていたのかもしれません。あの人には笑顔が一番似合うのに、そんな顔はしてほしくないって……。言葉を交わしたこともなく、ましてやあなたは男性で、僕の事なんか知らないのに……。そんな感情は初めてだったんです」
「俺、そんな風に見えてたんだ……」
知り合う前から、言葉を交わす前から、小次郎に自分の事を見抜かれていたなんて。
「俺さ、すっごく淋しがり屋なんだよね。だから俺も、告白されれば初めて逢った相手でもオッケーしてた。……一人ぼっちよりはマシだったから」
いつも告白されて付き合って。小次郎とそんな共通点があったとは、驚きだけど。
「俺も、恋愛ってよくわかってなかったのかな……。いろんな子と付き合うのがただ楽しくて、別れても未練なくて、次はどんな子かなあ、なんてのん気に考えてた。……いや、何も考えてなかったんだな。絢華にふられた時は、自分を全否定されたみたいでキツくて、悔しかったけど、悲しいとかはなかった」
小次郎は、ただ静かに那津の話に耳を傾けている。
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