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エピローグ5
「きっと……本当に人を好きになったことがなかったんだよ、俺も」
「那津さんも……?」
「うん。おんなじだな、お前と」
ふられても、悔しくても、胸が痛くなることはなかった。
けれど、小次郎への想いを自覚してからは、嬉しかったり悩んで落ち込んだり、忙しかった。
こんな風に、誰かを想って気持ちを乱した事なんか、なかった。
那津は、小次郎の目をじっと見つめた。
「小次郎に出逢ったから、お前を……好きになったから、今ならわかる。恋愛って、ドキドキして苦しくて、時々痛くて、でも……すっごく嬉しくて幸せで、心の底から満たされるものなんだ」
那津の熱い視線を受けていながら、小次郎の眉毛はまだ下がり気味だった。
「那津さん……僕に、呆れてませんか。それに、きっと幻滅されるかも……」
綺麗な顔が、泣き笑いのように歪んだ。
「は? なんでだよ。むしろ俺は安心したぞ、お前も完璧じゃないのがわかって」
「でも僕……まだ、那津さんに話してないことが」
泣きそうな顔で、小次郎は那津の手を握りながら、もじもじし始める。
本当に、こんなに完璧カッコよくて、頭脳も優秀なのに(おまけに優しい)(那津にだけかもしれないが)、この男は那津に嫌われたくない一心で、こんな風に怯えた顔をしているのだ。
大好きなご主人に叱られて、しゅんとなってる大型犬の様で、那津の胸はきゅう~んとよじれた。
那津は、やや大げさに溜息を吐き、肩をすくめて見せた。
「わかってるよ、お前が驚愕の超ダサ男だった件。――ねつ造だろ」
小次郎が、風を起こす勢いで顔を上げる。
「那津さん! き、気づいて……」
那津は繋いだ手をポン、と上げて「結構前にな」と暴露した。
「だってさ、お前が大変身したってのに、周りがちっとも驚いてなかったじゃん。だいたい、あの小夜香さんが放っておくわけないだろ。……コンタクトしてないのは、お前んち泊まった日に、気づいた」
小次郎は手を離すと、がばっと立ち上がり、ベンチの上に正座した。
「おいっ! 服が汚れるって」
ちなみに、小次郎の本日のボトムは、ライトグレーのカラーパンツだ。
「ごめんなさい! 本当にすみません! 騙すつもりじゃなかったんです! どうしても、どうしても! 那津さんの弟子になりたかったんです!」
弟子になりたい願望は本物だったらしい。
しかたなく那津も立ち上がり、狭いベンチに向かい合って正座した。
「まったく……普通に友達から始めようとは、思わなかったのかよ」
「あの……ただの友達じゃ嫌だったので……インパクトが必要だと思って」
「確かに、強烈だったもんなー」
誰もいないからいいけれど、傍から見たら異様な絵ズラだ。
男二人が小さいベンチに向かい合って正座しているのだから。
小次郎はしゅんと小さくなってしまっている。見えない尻尾まで垂れている気がする。
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