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エピローグ8
那津が抱き締め返したことで安心したのか、小次郎はますます強く那津の身体を腕の中に閉じ込める。
「おい、くる……苦しいって」
ポンポン叩いてみても、自分を抱きしめる腕はそのまま動かない。那津は「しょうがねえなあ」とあきらめて、小次郎の好きにさせた。
「本当は、もっと……」
那津の胸の下から、くぐもった声が聞こえた。
「ん?」
「計画を立てて、素敵な店を予約して……って考えていたんですけど、でも……」
「何のことだよ」
腕の拘束を緩めると、小次郎は上着のポケットから小さな袋を取り出した。
「いつでも那津さんに渡せるように、肌身離さず持ち歩いてて……だから、箱はないんです」
「それって……」
袋を逆さにしてコロンと手のひらに転がったのは、シルバー色の二つのリング。
小次郎は、一つを那津の手に握らせた。
そして、那津の右手を取ると、恭《うやうや》しく薬指にリングをはめる。
那津が言葉を発せずにいると、小次郎は満足そうにその手の甲を撫でた。
「……こんなものを贈るなんて、その、重いかもしれませんが……」
「……くない」
「那津さん?」
那津の視界が、じわじわとぼやけていく。
まさか自分が、指輪を贈られて涙を流す日が来るなんて、想像もできなかった。
「重いなんて、思うわけないだろ。……すげえ嬉しい……ヤバい」
「嬉しい、ですか?」
「嬉しいに決まってるだろ、いつの間に用意してたんだよ。でもこれ、俺の指のサイズぴったりだな」
「はい、那津さんの指は僕より少し細いから、お店の人に相談してサイズを決めました」
「お店の人?」
那津の頭の中には、庶民は足が遠のきそうな、高級ジュエリー店に堂々入っていく小次郎の姿が浮かんだ。
「お前一人で行ったのか?」
「もちろんです」
「なんだよ、俺も行きたかったー」
「えっ!」
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