131 / 132

エピローグ10

そして、先ほどつけてもらった自分の右手のリングを外し、パッと左手にはめ直した。 「あっ、それは……ああ……」 自分の手で那津の左手につけ直したかったのかもしれない。 驚いた小次郎の声は、語尾が残念そうに萎《しぼ》む。 「綺麗だな」 おそらく高価な物なのだろう。那津がつけているピアス類はシルバーがほとんどだから、輝きが違うのはすぐにわかった。 シンプルだけど、いかにもエンゲージリンクといったデザインとは異なり、丸みもない。すっと平行に入った一本のラインが男性的でスタイリッシュで、二人の指にとても似合っている。 「気に入っていただけましたか?」 「うん、シンプルでいいな。すっげえ気に入った!」 那津は立ち上がり、ぱっとベンチから飛び降りた。 葉の間からのぞく夕日にかざすと、光に反射してキラキラと輝く。 小次郎も立ち上がり、那津の隣に並んだ。 「那津さん……」 「ん?」 顔を上げて隣の男を見上げると、澄んだ真っ黒な双眸と目が合った。 「いいんですか、左手で。……そんな大切な場所に」 ――なんで、そんなに自信なさげなんだよ。 「大切な場所だから、だろ」 小次郎が息を呑む。その顔はみるみる泣きそうに歪《ゆが》んだ。 「おい……そんな顔すんな。嬉しいなら泣かないで笑ってくれよ」 「……はい……すみません、なんか僕、最近涙腺が緩くて」 泣き笑いの表情を見せる小次郎に「じいちゃんかよ!」とツッコむ。 彼を見て、那津の中に母性に似た愛しさが込み上げる。ーー自分はティーンエイジャーの男子高校生だけれど。 「別に、俺の前でなら泣いたっていいんだけど……でもやっぱ、おまえには笑ってて欲しいからさ」 右隣に立つ小次郎の左手を、ぎゅっと握る。 「……はい」 その指先にはめられた指輪に、自分の左手のリングをカチリと合わせた。

ともだちにシェアしよう!