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第6話
深夜12時、長く閉じていた集中治療室のドアが開いた。
「先生、あの陽茜は…」
「腸内洗浄も血液洗浄もしましたのでもう平気でしょう。目を覚ますのに時間はかかるかも知れませんが命の危険は去りましたよ。」
「ハァ…よかった…先生本当にありがとうございました。」
「…あなた方の在り方にとやかく言うつもりはありませんが、奥さんを大事にして上げてください。言葉にしないと伝えたいことも伝わりませんよ。」
「…ハイ。必ず大事にします。」
「では、失礼します。」
点滴を受けながら眠る陽茜を見ていると、初めて会った夜を思い出す。
深夜の繁華街の片隅、胸を射るような衝撃だった。こいつしかいない、俺の運命の番。根拠のない自信が沸き起こったのを覚えている。
最初は酷いものだった。発情中のΩから立ち上る噎せ返る様な色気に当てられたまま嫌がる陽茜を無理矢理ホテルに連れ込んだ。レイプ、そう言っても全く過言でない、性急で乱暴で自己中心的な行為。陽茜が落ちてようやく我に返った。ゴムをしていたのは奇跡と言えるだろう、この時ばかりは自分の面倒事を嫌う性格に感謝した。
目覚めた陽茜は俺を攻めるでもなく淡々としていた。まるで全てを諦めた様なその態度。後から考えれば実家でもあまりいい扱いを受けていなかったんだろう。陽茜は生きることに、幸せになることに絶望していたんだ。
ほっといたらこの小さな命は消えてしまう。漠然とそう思った俺は無理矢理陽茜を番にし、繋ぎ止めた。
高校在学中、卒業後も俺の家に軟禁して陽茜が自殺を図るような状況を一切絶ってきた。こうして俺に縛り付けておけばいずれ気持ちも付いてくると、そう考えていた。
しかし上手くいくはずなかった。分かっていたはずなのに。
家族を知らない者と家族に絶望したものが一緒にいても関係は発展しない。それどころか一方がその状況に耐えかねて逃げ出せば事態は悪くなる一方だ。
俺は逃げられたが陽茜は俺から逃げられない。帰ってこない番に失望して、抑制剤に頼っても死に縋っても俺にそれを攻める権利はない。だって俺がそうしたのだから。
本当に情けない。一目惚れだったのに、初めての恋だったのに。
もう後悔はたくさんした、反省もした。もう二度と君に失望させるような事しないから。言葉にしてきちんと伝えるから。だから
「戻ってこい陽茜。」
もう1度君を愛するチャンスを、大切にするチャンスを俺に下さい。
眞仁 side 終
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