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第6話
そうして尾形と杉元の『関係』は続いた。
尾形は週に三度は杉元を呼び出す。
尾形の仕事がどんなに忙しくても週に一度は必ず会った。
そして尾形と杉元の関係が始まると、尾形と白石は急に疎遠になった。
尾形は杉元に時間を割くのが精一杯だったので気にも止めていなかったが、本当にパッタリと白石は尾形に連絡を寄越さなくなった。
だが尾形にとって白石は所詮杉元を手に入れる為の『踏み台』に過ぎない。
その杉元も手に入れた。
だから尾形にとっては白石との付き合いが切れたのは好都合の一言に尽きるので、気にも止めていなかった。
その内尾形は、杉元に会う時は二回に一回は『おみやげ』を持って行くようになった。
かわいい物が好きな杉元が好きそうなキャラクター物のタオルハンカチや小さなブーケなど。
甘い物が好きだと知ってからは、味は勿論良いが見た目がかわいらしいデザートを一人分。
尾形は杉元に怪しまれ無いように、プレゼント未満の『ついでのおみやげ』を意識して選んだ。
最初杉元は「いらない」を繰り返していたが、尾形が営業先で貰ったりお土産で貰って、かわいい物も甘い物も苦手な自分は困っていると言うと、渋々と受け取りだした。
そして杉元は、毎回初めての『おみやげ』のクマのぬいぐるみをプレゼントした時の様な笑顔を見せる。
ブーケだって男にどうかと思ったが、ラブホテルに向かう途中偶然通った花屋の前で、杉元が「綺麗だなぁ。かわいい」と呟いたのを尾形は聞き逃さなかったのだ。
尾形の狙い通り杉元は「わ〜!すげぇかわいい!」と喜んでいた。
だが尾形は、何故自分がこんな行動を取るのか、自分でも分からずにいた。
杉元が一瞬見せてくれる素の笑顔が見たくてこんな事をするなんて、自分が理解不能だし、馬鹿らしい。
でもどうしてもあの笑顔を見たいと思う。
その衝動が止められない。
そんな自分に苛立って杉元を酷く抱いてしまう時もある。
だが杉元はセックスに関しては、尾形に文句一つ言わないどころか嫌がる素振りすら見せない。
尾形の命令通り、尾形の言いなりになる。
尾形は自分好みの身体に仕上がっていく杉元に満足していた。
それに『おみやげ』代の代わりのキスの時間。
5分程、尾形は杉元の顔にやさしくキスの雨を降らす。
最初の頃の杉元は、無反応でいようと必死で頑張っている様だったが、尾形は杉元はキスが好きなんだと直ぐに気が付いた。
それなのに杉元はディープキスさえ知らなくて。
尾形がリードしてやって、やっとキスらしいキスになる。
たまに尾形が杉元からキスしろと言うと、下手糞なキスが返って来て、結局尾形がリードする羽目になる。
フェラなどはいつまで経っても上達しない。
けれどそんな時、尾形の胸はいつもの『見知らぬ痛み』に襲われる。
『おみやげ』と同じ。
理解不能な馬鹿らしい自分。
それと引き換えに縮まっていく杉元との距離。
そうして三ヶ月も経つと杉元は「…おがたぁ…ああっ…いい…っ…」と喘ぐ様になり、尾形を自分から求める様になった。
尾形が焦らせば綺麗な瞳に涙を浮かべて「意地悪すんなよっ…」と強請り、尾形が杉元の蕾から雄を出し挿れしながら「杉元はここが好きなんだよな?」と訊けば「ああん…ッ…すきっ…」と甘ったるく答え尾形に抱きついて来る。
尾形はのぼせやすいので普段はシャワー派だが、杉元は少しの時間でもお湯に浸るのが好きだと知ってからは、尾形も一緒に湯を張ったバスタブに入る様になった。
バスタブ中で尾形は杉元を後ろから抱き抱える。
杉元は尾形の足の間で気持ち良さそうに尾形に凭れ掛かる。
杉元のきめ細かい滑らかな肌。
甘い香り。
尾形がセックスのせいで濃いピンク色になった杉元の雄を後ろから掴む。
杉元が膨れっ面で振り返る。
「もう出ねぇって。
それに時間が…」
杉元の上目遣いの瞳は睫毛の一本一本に水滴が滴り、安っぽいラブホテルの照明の下でもキラキラと輝き、十分過ぎる程綺麗だ。
尾形は「冗談だ」と素っ気無く言って手を離す。
杉元は前を向き「もぉ〜なんなの〜」とブツクサ言いながらも、また尾形に凭れ掛かってくる。
尾形の胸をまた『見知らぬ痛み』が襲う。
そして痛みはドッドッドッという鼓動に変わる。
尾形は何故たが無性に泣きたくなる。
泣いたことなど、もう覚えてもいない昔だというのに。
そうして尾形と杉元の関係が半年に差し掛かる頃、尾形は決心した。
杉元とセフレじゃ無く、きちんとした関係になりたい。
初めての恋人になって欲しい。
自分が理解不能で、衝動に負け、馬鹿らしい行動を取り続けていたのは、杉元に恋したんだと分かったからだ。
尾形の初恋だった。
自分にこんな人間らしい心があることに、尾形は驚き戸惑ったが、そんなチンケな理由は初めての恋心が吹き飛ばす。
何日も何日も告白の仕方を考えた。
告白に相応しいプレゼントも用意した。
だが尾形は告白すら出来ず、杉元は消えた。
しかし杉元がスマホを解約してまで尾形の前から消えても、尾形はショックを受けるよりもその理由を知りたかった。
まず白石に連絡を取ろうとしたが、見事にブロックされていた。
そうしてようやく分かった。
杉元のことを、何も知らない自分に。
住んでる場所は品川と言っていたが、品川駅で降りる杉元を見た訳では無い。
そもそも駅まで一緒に帰った事さえ無い。
杉元の財布の中身は現金のみ。
ボディバックは小型で下着の替えを出しているのを見たことがあるが、たぶん下着とタオルくらいしか入っていないのだろう。
尾形はそれでも杉元を諦めきれなかった。
いつか気紛れでも連絡をしてくるかもしれない。
もしかしたら何か深い事情があって、それさえ解決すれば、また元通りになれるかもしれない。
尾形は杉元の為に用意した告白の為のプレゼントを、通勤バッグの中に入れっぱなしにしていた。
それから一ヶ月後。
尾形の通勤バッグの中にはまだ杉元へのプレゼントが入っているし、尾形は杉元が消えてからもセフレを持つこともしていない。
そんなある日、尾形が会社の喫煙室で昼食後の煙草を吹かしていると、宇佐美がやって来た。
「百之助〜、お前午前中の営業がズレ込んで昼遅かったんだな。
じゃあまだ人事部からのメール見てないだろ?」
宇佐美は一見楽しそうだが、目の奥に怒りが見える。
こんな宇佐美に関わると悪い事しか無いと知っている尾形は、「見てねぇ。戻ったら見るわ」とだけ答え、煙草を灰皿で揉み消す。
すると宇佐美が「まだ時間あるだろ!?これ見ろ!」と言ってタブレットを尾形の目の前に突き出した。
そこには人事部からの人事異動の告知が載っていた。
宇佐美がイライラとした声でタブレットの画面を指差す。
「見ろよ!
明日付けでうちの部の副部長だった菊田さんが専務取締役になるんだぞ!
うちの鶴見部長をすっ飛ばしてさあ!
何で突然菊田が専務取締役になるんだよ!」
確かに画面には、菊田杢太郎が第一営業部副部長から専務取締役になる辞令が明日発せられると表示されていた。
尾形は興味無さげに言った。
「そりゃあ三年前からの海外勤務が評価されたんだろ?
アメリカやヨーロッパ、果ては中東にまで飛び回って、石油関係の特許契約を取り付けた。
しかも日本企業では初の特許提携だ。
それに契約に漕ぎ着けるには五年は掛かると言われてたのに三年でやり遂げた。
正当な評価だと思うぜ」
「分かってるよ!
でもムカつくんだよ!
僕の鶴見部長を飛び越えるなんて!!」
イライラ声からキーキー声に変わってきた宇佐美にウンザリしながら「ハイハイ、お前がそう思うのは勝手だから、好きなだけムカついてろ」と尾形が言った時だった。
宇佐美が興奮したせいか、画面がフリックされ違うページが現れた。
尾形はその画面を見て固まった。
人事部がインターンシップのお知らせを告知をしている。
採用されたのは5名。
その中に『杉元佐一』と『谷垣源次郎』の名前があったのだ。
固まっている尾形に、宇佐美が画面を覗き見る。
そして今度はウキウキと話しだした。
「あーこれねー!
今迄うちの会社は1weekインターンが主流だったんだけど、鶴見部長のアイデアが通ったんだよ!
長期を実施するのは大体ベンチャー企業中心で、三ヶ月以上で六ヶ月や一年が主流。
それ以上もザラだろ?
でもうちの会社の規模だと色々メンドーで無理。
だけど1weekは短すぎるから、間を取って今年は実験的に一ヶ月にしたらどうかって鶴見部長が提案したら即採用になったってワケ!
流石、鶴見部長だよな〜!!」
その後も宇佐美の鶴見部長を褒め称える話は続くが、尾形の耳を素通りしていくだけだ。
尾形は素早くインターンシップのお知らせの文章を読む。
『杉元佐一』は第一営業部に配属になっていた。
尾形の部署だ。
尾形は頭をフル回転させる。
杉元は自分の勤務先を知っていたか?
いや、知らない筈だ。
白石からも漏れる筈は無い。
何故なら白石を『遊び』に連れて行った先のオンナノコ達も、尾形の勤務先は知らないからだ。
それならば部署だって知らないだろう。
今週の金曜日にインターン全員が挨拶に来て、インターンシップ開始は来週の月曜日から。
杉元に会える。
今日は月曜日だからあと三日で。
尾形はこんなことが現実に起こるんだと、尾形らしくもなく感動してしまった。
感動したのも生まれて初めてと言っていい。
尾形の耳にこびり付いて離れない自分を呼ぶ杉元の甘ったるい声。
杉元のことなら怖いくらい覚えている。
セックスは勿論、表情、肌の感触、仕草、香り、口調や歩き方まで。
そして尾形から『おみやげ』を受け取るとキラキラと輝く笑顔。
尾形の胸に痛みが走り、鼓動が高まる。
ボーッとしている尾形を、不審な顔で見つめていた宇佐美が言う。
「百之助〜お前普段に増してキモいよ?
何顔赤くしてニヤニヤしてんだよ?」
尾形はタブレットを宇佐美の胸にドンッと押し付けると、足早に喫煙室を出て言った。
その夜。
菊田杢太郎の住む都内のタワーマンションの25階では、クローゼットの前で腕組みをしているバスローブ姿の杉元がいた。
菊田が後ろから杉元を抱きしめる。
「ノラ坊、いつまでそうしてんだ?
ネクタイなんてどれもそんなに変わりねぇって」
杉元がクローゼットを見たまま答える。
「だって明日は辞令が出るんだよ?
最高の菊田さんじゃなきゃ!」
菊田がフフッと愛おし気に笑って杉元の頬にキスをする。
「ネクタイが決まってなきゃ俺は最高じゃねぇのか?」
杉元が菊田の腕の中でクルリと振り返る。
「…そういう意味じゃないよ…分かってる癖に」
プーッと膨れる杉元を菊田がひょいと抱き上げる。
「ノラ坊、ネクタイ選びよりも先にしてもらいてぇことがあるんだが」
膨れていた杉元が照れ臭そうに「いいよ」と答えて、菊田の首に腕を回す。
そうして二人はベッドに向かった。
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