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第三章 北極星(ポラリス)・61
唇で繋がりあった状態で、密着した二人の身体はベッドになだれ込んだ。せわしなく捲られた上衣から晒された腹が、晃の肌と直に触れあう。じんわりと、熱い。
大きめのスウェットは、裾を持ち上げられただけですっぽりと脱げた。首筋に滑り落ちる唇を引き寄せたくて、爪が食い込みそうなほど相手の背にしがみついた。
「光一郎には内緒にしとけよ?一応今日は、何もしないって言っちまったから」
言いつつも痕がつくのも厭わないとばかり、晃は痛いくらいに肌を吸う。じん、と突っ張る胸先に舌を這わせると、次には軽く歯を立てた。
「……ぃ、っあ、ぁ……っっ!」
膨らみ腫れた突起が擦れ、体幹に電流が走る。連動するように、下着の中で自分のモノが、ビクビクと痙攣しながら硬直してくるのが分かった。
「もう、大分苦しそうだな」
スウェットのズボンごと、下着をずらされる。解放され、頭をもたげた先端はすでに濡れていたようで、微かに揮発したのか瞬間ひやりとする。
「こんなにトロトロにして。焦らして悪かったな」
伝った体液を拭うようにして、晃は屹立した俺の肉棒を撫で上げた。
「……っひ、ぁ……っ」
外気に晒され奪われたように感じた熱が、すぐに指先と掌で包まれる。粘液が隙間を埋め、湿った淫音を立て続けた。
「ぁ、あっ、手、あ、つぃ……っ!」
「お前の熱が伝わってんだよ。だいぶ溢れてんぜ?」
爪で尿道を軽く抉られ、伝い落ちた雫を追って舌が這った。どくどくと脈打っているのが自分でも感じられる。
「っぃ、あ……っ、もぅ、出そ……」
「あぁ、イけよ。俺の手で受け止めてやるから」
陰茎を撫で擦っていた手の、上下の動きが速められた。連動して、体液を放出しようと管が収縮する。
「っふ、ぁ……あああぁあ……んんん……っっ!」
握って押し上げられると同時に、白濁が迸った。寝転がった自分の目では見えないが、腹の上に点々と飛び散る熱が皮膚を焼く。
肩で息をする俺に休む間も与えず、晃は腿を押し広げる。
「鞍、俺も。イイ、よな?」
臀部を割かれ、躊躇なく指が侵入してくる。たっぷりと粘液が絡んでいたのだろう、抵抗なく、ずぷりと滑り込んだ。
反射的に背が仰け反る。裡を掻き回される度に震えて。
狭い陰門が、異物を呑み込んでゆく。ナカを乱される毎に、脳内も撹拌されていくようだった。目端で捉えた色が混じり、徐々に真白へと変化する。
「ココ、良いか?」
埋め込まれた指の数が増え、交互にカリカリと内壁を擦った。良い、なんて言葉に出せなくとも、蕩けて溢れる唾液と涙、それに無意識に揺れ動いてしまう腰が物語っている。
もっと欲しい。無くなってしまったら狂い死にしそうなくらい。
そう思っていた矢先、指が抜き取られた。咥えていたものを取られて急に口寂しくなるように、涎を垂らして緩んだ秘門。代わりにと、更に大きな得物を宛がわれた。
十分に解された場所は、待ち望んでいたとばかりに晃のモノを貪る。少し突き入れられただけで、むしろこちらが引き込んでいるようにさえ思えた。痛みと快感が、同時に爪先から脳天まで駆け上がる。
「っぁ、ああああぁっっ!!」
「……っ、ん、すげぇイイよ、鞍。俺でいっぱいにしてやるから」
激しく打ち付けられ、意識が飛びそうになった。今自分の中にいる相手を確かめるように名を呼ぶ。
「ぅ、あ……あ、きら……晃ぁ…っっ!」
「んな締め付けんな。俺を、感じてくれ」
覆い被さり、唇を塞がれる。舌が絡んで、完全に繋がった。
腹の内部を男根で掻き乱されるというおぞましげな行為で、どうしてこうも俺は満たされるのだろう。彼の熱が、自分の体内へ注がれることで。求められ、欲せられ、ひとつになる。絡み合った腕も、脚も。混沌も憂慮も吹き飛んで、そこにあるのが彼だけだからだ。身動きがままならず、目も、耳も、感触も、相手の存在のみになる。
「晃、も、っと……もっと、して……ッ!」
このまま、自分の体が千切れてしまってもいいとさえ思った。そうすれば俺は、もうどこへも行かなくて済む。居場所を探して、ふらふら彷徨わずとも。
「な、一緒にイこうぜ?鞍……っ」
胸元をまさぐっていた手が、まだ上を向いて反り返っていた突起を摘まんでねじり上げた。それを合図に、再びぱんぱんに怒張していた自身が破裂する。晃を咥え込んだままの陰門にも力が入り、搾り取るようにして体液を裡へ放たせていた。
「……っ、は……ぁ……」
二人の体が、一気にベッドへ沈む。脱力しきって、瞼も落ちた。荒い呼吸音が二つ、入り交じって耳に届く。
「鞍」
目を閉じ、重い腕をその方向へ伸ばした。乱れた髪に触れ、抱えて引き寄せる。額にキスが落ちて、声が聞こえた。優しく、宥める声。
「鞍、俺はセックスしなくてもお前のこと好きなんだぜ?わかる、よな?」
ああ。やはり見抜かれていた。
俺がいつしか、体を重ねることにばかり執着していたこと。触れられないのを恐怖に思い始めていたこと。
「お前は、これだけが愛情表現だと思ってたんじゃないか?そりゃ、俺だってヤりたくなるくらいお前を愛おしく思う。ただ、求めるもんはこれだけじゃないって、わかっててほしい」
「もとめる、もの?」
「一緒に出掛けることも笑うことも、飯を食うことだってそうだ。身体だけじゃない、全部お前を求めることに変わりはないんだ。どれもお前となら、幸せだと思える時間だからな」
教え諭すように言って、晃は俺の髪を撫でた。
分かっては、いた。何度情事を重ねても、身体が散り散りに壊れたり、思考が停止して相手以外のことが何も考えられなくなったりなどしないことくらい。
セックスしたからといって、自分自身が繋ぎ止められるわけがないのだ。こんなものは、ただの行為。裡を貫いた熱を抜かれ、シャワーで流してしまえば元通り。ひとつになって、溶け合って……そんな時間はほんの一時でしかない。
こんなものだけに縋ろうとしていた自分が情けなくなった。光に対しても、晃に対しても、俺は相手の熱を感じ、己の熱も自覚することで己の存在を確認していた。あの日、慈玄に抱かれたときから、俺にとっての性交はそういう意味のものに成り果てていたのだった。
愛してくれだと?おこがましいにも程がある。
愛されるという感覚など知りもしないくせに。
とんでもなく身の程知らずな言葉を自分は口にしたのだと気付き、涙が溢れた。
一緒になど、俺が暮らせるはずがない。共に過ごすだけで「幸せ」だと、俺にはまだ感じることができずにいるのだから。
「泣くなよ。なにか気に掛かったか?」
指で俺の頬を拭い、晃が穏やかに問いかける。
「俺、晃のこと、少し誤解してたかもしれない」
「誤解?」
「晃は、そんなこと言わないと思ってた」
力強く、鋭く、俺に触れてくれた彼。調子良く迫りながらも、どこか臆病に触れる光とは違う。突き放せば、光はたちまち尻込みした。優しいからだ。けれど、優しいだけでは不安は尽きない。
俺を連れ戻しに来た光の態度が嬉しかった。だが同時に、ひどく辛そうな奴を見た。自分が欲するもののために、あいつにあんな顔をさせてはいけない。
晃なら、彼なら、違うと思った。何がなんでもここにいろと、そう言ってくれるのではないかと。
同じだ、結局二人とも。
「そんなこと、って何だよ」
「『一緒に居ればそれだけでいい』、みたいなこと」
「……そう、だな……」
思案顔で、晃は眉根を寄せる。同じ、なのだ。光と同じに、俺は晃も苦しめている。
「ごめん。俺、ここには住めない」
「……だろうな。その方がいいと思うぜ?気にするな」
あっさり肯定されて、殊更胸が痛んだ。
「駄目だ、とは言わないんだな」
この期に及んで、こんな言葉をのたまう自身を嫌悪する。
「ごめん、と言われてこれ以上食い下がれるかよ。お前、俺の気持ちになって考えたことあんの?」
さすがに呆れ果てたような、晃の口調。俺は、やっぱり最低だ。
「まぁいい。シャワーで身体流してこい。明日の朝早めに送ってやるから」
「……うん……」
ベッドから出る俺に目もくれず、壁側にそっぽを向いて頭を掻いた晃を横目で捉えた。自分がいかに愚かな言動で相手を傷つけたかを思い知り、浴室でひとり、水音に嗚咽をかき消した。
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