2 / 180

第二章 運命①

 寝苦しい夜だった。時折頬を掠める程度にしか働かない古びた扇風機と、夜になっても留まる気配をまったく見せない蒸し暑さ。窓を全開にして網戸にしても、この火照った身体を冷やしてくれるような、涼しい夜風は入ってこない。それどころか、じわりと湿り気を帯びた夏の熱気が部屋に充満していて、窓際で眠りについていた青年・(いのり)は、薄っぺらい敷き布団から身体を引き起こした。  ――クソ、眠れない。  頸動脈から鎖骨あたりに伝う汗を腕で乱暴に拭うと、祈は立ち上がった。財布と携帯電話だけポケットに突っ込み、外へ出る。  歩く度に、コンクリートの地面と、サンダルの擦れる音がする。時折、仕事帰りだと思われる疲弊したサラリーマンとすれ違う。上司にサービス残業でも強要されたのだろうか。祈は、あてもなく夜道を歩いていた。時刻は、二十三時。しばらくすると、正面に光が見えてきた。夜なのに、ここだけは煌々とうんざりするほどに輝いている。コンビニだ。ふらりと入った。  店内には、レジに男性店員が一人と、若い女性客二人がいるだけだった。飲料コーナーの前であれこれと話し合っているところを見るに、これから宅飲みでもするのだろう。彼女たちの持つ買い物カゴには、酒のつまみになりそうなお菓子がいくつも入っていた。祈が女性客の横を通り過ぎると、彼女たちは吸い寄せられるように彼を見た後、こそこそと顔を赤らめて話し始めた。  祈はそんな彼女たちのあからさまな視線を完全に無視し、スポーツドリンクとエネルギーゼリーを手にすると、レジに向かった。 「合計で三六一円になります。袋はご利用に――」 「いらない」  祈はトレーに百円玉を四枚、出した。お釣りと商品を受け取り、店の外へと出る。コンビニの駐車場の隅で煙草を吸う男と目が合った。祈は、スポーツドリンクを開封し、口に含んだ。ごくごくと勢いよく水分が喉を伝って胃へと腸へと流れ込んでゆく。心地よかった。  空っぽになったペットボトルを片手に、空を見上げた。夜の闇と、くすんだ灰色の雲。そして月がその存在を隠すかのように、雲の隙間から、僅かに顔を出していた。暫くの間、祈はそのまま、浮かび上がる月を、ただ、見つめていた。どこか遠くから、空に向かって叫ぶ犬の遠吠えが、宵の静寂の中に、ゆっくりと響き渡った。

ともだちにシェアしよう!