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第二章 運命⑤

 店を出ると、祈は購入した本を、少年に渡した。 「え……?」  少年は、戸惑いを隠せないのか、差し出された本と祈の顔を交互に見やる。 「欲しいときは、金を出すんだ」  少年は、その丸い瞳を、わずかに大きく開く。 「そうすれば、誰にも文句は言われない。ちゃんと、自分のものになる」  少年は、ぎゅっと大切そうに本を両手で抱えながら、その瞳に涙を滲ませた。 「お金、ないもん」  ……だろうな、と祈は思う。そうでなければ、盗みなど、しない。 「……今度からは、親と一緒に来ればいい。強請(ねだ)れば、一冊ぐらい買ってもらえるだろ」  少年が俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。 「――僕、親、いないよ」  妙に冷めた口調だった。ぽっかりと空洞のような暗い目。その感情のない瞳を見て、祈は一瞬、息をするのを忘れた。 「……あっそ」  ――くだらない。祈は「とにかく盗みだけはやめろ」とだけ最後に言いつけ、その場から離れた。  その後、家に帰った祈は、やけに気分が高揚していた。感情を落ち着かせようと、鉛筆を、新品の刃のカッターで削いでも、その整えた鉛筆で、画用紙に殴り書きをしても――どこか、何か、自分では手の届かないスイッチをオンに切り替えられてしまったかのように、目も、手も、気味悪いほどに冴えてしまった。 『――僕、親、いないよ』  鉛筆でデッサンをしていた手が止まる。少年の台詞、表情がいやでも鮮明に浮かび上がる。万引きを止めたのは――たまたま、だ。いや、本当にそうだろうか? 少年が本を片手に逃げ出そうとしたあの瞬間、頭で考えるより先に、身体が、動いていた。気が付いたときには、少年の腕を掴んでいた。確かに、万引きは犯罪だが、そもそも警察官でも本屋の店員でもない自分に、止める義理などなかったというのに――何故あんなことをしたのだろう、自分は。今更ながらに、祈は考えた。考えながら、また鉛筆を動かし始めた。

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