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第二章 運命⑥

「――あ?」  その日の夜、祈は風呂場で鏡の前に立つと、その違和感に声を上げた。首元に、いつも着けているはずのネックレスが、ない。 「っ、くそ」  おそらく、本屋へ出かけた際に落としたのだろう。面倒だが、明日また探しに行くしかない――厳しいため息をついて、ガシガシと頭を掻いた。  シャワーで髪を洗い流すと、鏡越しの自分と、目が合った。肩近くまで伸びた黒髪と、青い瞳――祈の母親も同じ容姿だった。彼もそれを受け継いだ。母親の家系に外国の血が混ざっているのかもしれない。ただ、その詳細を、祈は知らない。興味がなかった。自分の容姿にも――自分自身にも。  ――髪から額へ、そして頬から顎へと伝った水滴が、ゆっくりと落下し、静寂な浴室に、その着地音を響かせる。  祈は、口の中に溜めていた息を出し切ると、もう一度、鏡の中の自分を見た。青い瞳が、自分を見つめていた。シャワーを手に取り、鏡に水を当てる。それまで鏡に浮かび上がっていた青年の姿が、吐き出された流水に上から塗りつぶされるようにして――鏡の中から、消えた。

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