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第三章 少年②

 少年をこの家で看病したのが三日前。あの翌日から、このように彼は祈の家に朝早くやってきては、一日中入り浸るようになった。(本屋から祈の自宅までの道順もちゃっかり覚えていたらしい)  少年は、碧志(あおし)という名前だった。年は、九歳。ここからそう遠くない小学校に通っているそうだ。今は夏休みということで、毎日暇を持て余しているらしい。(が、その暇を潰すために、自分の家を使わないでほしい、と祈は思っている) 「おい、押入れを勝手に漁るな」 「だって、この家なんにもないんだもん! テレビもないし」 「本を読め、本を。買ってやっただろ」 「うーん。これ、なんかむずかしくってさー」  碧志が口を尖らせて、先日祈が買ってやった本をぺらぺらと適当に捲る。 「……お前なぁ」  祈は呆れて項垂れた。碧志の言いたいとこも、まぁ、分からなくもない。この本は、芥川賞作――いわゆる、だ。純文学は、ストーリーよりも文学的な表現を重視する作品で、通常のエンタメ要素が盛り込まれた大衆文学に比べれば、とっつきにくいのは間違いない。それにまだ碧志は子供だ。なかなか理解するのは難しいだろう――だが。 「じゃあなんでそれ、盗もうとしたんだよ」  他の、もっと児童向けの本だって、いくらでもあったというのに。 「……だってほら『青』だし。僕の名前と似てたし……なんか、気になって」  碧志の指が本の表紙を差す。その小説は、数年前、史上最年少で芥川賞を受賞した、当時十三歳の作家が出版した作品だった。タイトルは『青』――ある日突然、青色しか視認できなくなった少女の人生を描いた物語だ。 「せっかく買ってやったんだから、読めよ」 「僕、買ってほしいなんて頼んでないんだけど」  ――このガキ、一発殴ってやろうか。  沸騰寸前の怒りをなんとか食い止め、祈は『青』を碧志の手から取り上げた。 「あ、ちょっと!」 「読まないんだろ? じゃあ俺のモンだ。そもそも俺の金で買ったしな」 「っ、やだ! かえして!!」 「おい、読むのか読まないのかどっちかにしろ」 「読む! 読むからかえしてっ!」  本に飛びつく勢いの碧志に、祈はうんざりとため息をついた。さっきまで適当に扱っていたくせに、いざ、自分のものでなくなるとこうも執着を見せる。子供というのは、こんなにも矛盾に満ちた生き物なのか。それとも、ただ、碧志という人間が、面倒なだけか。なかなか後者である可能性も高そうだが。『青』の表紙をめくり、真剣な表情で読み始める碧志をよそに、祈は朝食の準備に取り掛かった。

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