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第三章 少年③

 祈に、家族の記憶はほとんどない。母親は、祈が六歳のときにこの世を旅立った。父親に関しては、生きているのかさえ定かではない。祈がこの世に産み落とされた時点で、母の隣に父の姿はなかった。それでも、時折、脳の表面をうっすら掠るように、母親の姿を思い出すときがある。  古びたアパートの一室――昼下がり、母親が台所で調理をしていた。祈は母親の後ろ姿を、離れたところから、じっと眺めていた。灰色のエプロンの紐が巻かれている彼女の腰は、細かった。いや、細いを超えて――ガリガリだった。いつも顔には血色というものがなく、髪もガサガサで、身なりにあまり気を使っていなかった。家計に余裕がなかったのかもしれない。美しい顔立ちなのにもったいない、と、子供ながらに祈は何度も思った。電気やガスは数ヶ月に一回止まり、そのたびに二人で一緒に、くたびれた薄い毛布にくるまって、夜を過ごした。  ――おかあさん、さむいね。  ――そうねぇ。  祈は、母親の瞳をじっと見つめた。暗闇の中、彼女の碧眼が透き通って、美しく輝いて見えた。  ――おかあさんの目、青くてきれいだね。  ――ふふっ、ありがとう。でもね、祈の目も同じくらいきれいよ。  ――えっ? そうなの?  ――そうよ。すてきな水色。まるで宝石みたい。  母親は、祈の頬を両手で包み込んだ。幼い祈は、母にこうして顔を触れられるのが好きだった。彼女の手は温かかった。  ――おかあさんもほうせきみたいにきれいだよ。  ――ふふっ、ありがとう。お母さんと祈は、目の色がおそろいね。  母が美しく微笑む。祈の心が、ふんわりと持ち上がって、笑顔になる。

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