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第三章 少年④
――場面が切り替わる。
暗闇の中、祈はひとり、立っていた。自分の手の中には、一本の包丁。その切れ味の鮮やかさを掻き立てるように、刃の表面が、残酷にきらきらと光っている。祈は、ごくりと唾を呑むと、その包丁を自らの首元に当てた。
しかし、当てたはいいものの、刃を皮膚へと突き刺せない。包丁を持つ手は恐怖と動揺でぶるぶると震え、刃先を全くコントロールできない。全身から脂汗が噴き出す。
「あっ、はっ……」
脳みそが、ぐにゃりと、覆われる。誰かの、囁き。
――おい、殺すんだろ。とっととやっちまいなよ。
――生きてることに飽きたんだろ? 未来に希望なんて見出せないんだろ?
――だから自分を殺して人生を終わりにするって決めたんだろ?
「あ、うぅっ……!」
祈は、包丁を投げ出して、頭を抱えてうずくまった。からん、と床に落ちる音がする。怖い。怖い。「はぁっ、はぁっ」
――ほら、見ろよ。
祈はおそるおそる、自分の足元を見やる。それを目にした瞬間、息が止まりかけた。
「ひッ!?」
――ロープだ。お前の母親も使った。ほら、これで親子おそろいになるぞ?
「あ、ちがう……やめてっ」
――首吊りが嫌なら、練炭にするか? それとも踏切の中央で電車に轢かれて粉々になるか?
重く、目に見えない不快な何かが、祈の身体にどろりと巻き付く。途端、身動きがとれなくなる。必死に叫ぼうとするが、口をふさがれて声がでない。「んんうッ!!!」
気付くと、祈は高いビルの屋上に裸足で立っていた。
――ほら、ここから落ちればハッピーエンドだ。
「んん!! んう!」
祈の身体を、誰かが、前へ前へと押し出そうとする、祈はそれに必死に抗う。いやだ、いやだ、怖い。怖い。誰か、誰か――
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