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第四章 青①

 翌日も、翌々日も、碧志はやってきた。いつか飽きるだろうと思っていたが、彼の行動力と探求心はさすが子供――と言えばいいのか、しつこいだとかうるさいだとか、そういう次元を超えて、もはや底知らずの怪物だった。祈の部屋には、テレビもゲームも、おもちゃもない。子供が楽しめる環境とはなかなか言いにくいのに、それでも碧志は、この家で過ごす時間を非常に気に入っているようだった。二人でいる時間、碧志が何か祈にちょっかいをかけてくる以外、二人は各々のやりたいように過ごしていた。碧志は『青』の読書。祈も彼と同様に本を読んだり、スケッチブックを取り出して景色をデッサンすることもあった。祈は昔から、目の前の風景を絵として書き起こす習慣があった。  ――ある日、祈がデッサンに集中していると、ちゃぶ台の上に置いてあった携帯電話が鳴った。祈は鉛筆を動かす手を止めると、電話に出た。 「もしもし」  祈が電話越しに話している姿を、すぐそばで碧志が興味津々に見つめている。電話を終えると、碧志は目をきらきらさせて聞いた。 「今の、だれ!?」 「は?」 「イノリ、だれとおはなししてたの?」 「誰って……仕事関係の人」  碧志が口を大きく開ける。 「イノリって、おしごとしてたの!?」 「……一応な」 「ってゆうか、どんなしごと!? ねぇイノリ、イノリはなんのおしごとしてるの!?!?」  ぐんぐんぐんぐん。ずいずいずいずい。四つん這いの体勢で猛スピードで自分に接近してくる碧志に、若干の恐怖を感じながらも、祈は答えた。 「……作家」 「作家!? 本書いてるってこと?!」  あぁ、と祈は頷く。 「すごーい!!! ねぇ僕、イノリの書いた本読んでみたい!! 本のタイトル教えてよ! 僕、本屋さんで探してくる!!」  少しの沈黙のあと、祈は碧志が手にしていた『青』を黙って指差した。  それにつられるように、碧志が祈の指先を辿ると「えーっ!?!?!?!?!」と大声を上げた。祈は、耳を塞いだ。 「え、これ!? この『青』ってイノリが書いたの!?」 「……あぁ」 「すごいっ! ねぇなんで教えてくれなかったの!?!?! イノリってば、いじわる!」 「……意地悪じゃねぇだろ、別に」  ――ただ単に、言うタイミングを逃していただけのことだ。祈はため息をついた。 「イノリがこれ書いてるって知ってたら、もっとまじめに読んだのに!」 「――おい。本はちゃんと読めよ」 「うわぁ! でもすごいね! イノリ、小説かけるんだね!」 「……別にすごかねーよ。最近は全然書いてねーし」 「そうなの?」 「あぁ」  先ほどの電話は、映画化決定により『青』の重版がかかったという連絡だった。碧志に話した通り、ここ三年ほど、祈は、小説は書いていない。しかし、今までに何冊も出版しており、そのどれもがかなりの人気作であるため、作家としての祈の人気は全く衰えていない。 「新しいの、もう書かないの?」 「……さぁ、分かんねぇ」  こればかりは、祈自身にもはかりかねる。三年前のある日、いきなり手が止まった。俗にいうスランプというやつなのか、と当初は思ったが、違った。もっと別の、祈にとって――

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