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第四章 青③
その日の夜、碧志が帰った後、部屋の掃除をしていると、あるものを見つけた。それは、折り紙で作った、花――のようなもの。折り紙の裏側には子供の字で『あおしくん10さいのおたんじょうびおめでとう』と書かれている。碧志が忘れていったのか。それにしても、最初話したときは九歳といっていたのに、いつの間にか彼は誕生日を迎えていたらしい。この折り紙は明日碧志が来たときに返せばいい、と、ちゃぶ台の上に置いておく。
壁に背を預け、腕を組み、その、小さな折り花を眺めながら、祈は考えた。
――彼のために、わざわざこの折り紙を折ったのは、この祝いの言葉を書いたのは――いったい、どこの誰なんだろうか?
祈は、碧志という人間の詳細を知らない。初めて話したときに「親がいない」と言っていた。では、彼の現在の家庭環境は? 両親どちらもいないのか、母か父どちらか一方がいないのか。そして、いないというのはこの世にいないという意味なのか、碧志の中で存在しないという意味なのか。また、兄弟や姉妹は存在するのか? いるとしたら、彼と一緒に暮らしているのか、別の離れた場所で過ごしているのか? そして碧志自身は――両親どちらもいないと仮定した場合――親戚筋の家庭に混ざって暮らしているのか、それとも施設のような場所で生活しているのか。
また、これまで交わした数多の会話の中で、不自然なほどに碧志の口から、祈以外の人間の名前は出てこない。夏休み中だと言っていたがそもそも普段から学校には通っているのか。クラスメイトや友人とのつながりは? 疑問は、考えれば考えるほど浮かんでくる。
折り花を手に取り、光にかざすようにして、持ち上げた。きらり。澄んだ光が花びらに反射する。祈はその眩しさに、一瞬、目を細めた。その一輪の花には、確かに――誕生日を迎えた少年への純粋な愛情がこめられているように、祈には感じた。
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