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第五章 必然④

「――やめて! 死にたくない!」  ――母が、金切り声を上げた。その直後、不思議な浮遊感と共に、碧志は開いた窓から身体を無理やりひねり出した。  空中を浮いていた記憶はない。気が付いたときには、高い木の枝に、自分のTシャツが引っかかっていて、洗濯物のように、ぶらぶらと四肢を空中に投げ出していた。頭を強く打ったせいで、意識はぼんやりとしかなく、また、窓から逃げ出そうとしたときに、足を打ちつけて捻ったのか、膝と足首が異常なほどに痛かった。ずきずき、じんじん、脳みそに直接響いてくるほどの激痛だった。夜中の事故だったため、発見が遅れ、碧志が救助されたのは、事故発生から八時間後の早朝だった。  八時間の宙吊りの最中――碧志は気を失ったり意識を取り戻したりを繰り返しながら、まだかすかに残る理性で、考え続けた――もしかして、父は、と。父の工場は、自動車の部品製造を行っていた。一家心中のための道具と一緒に、何か部品や器具のようなものを積んでいたとしても、おそらく機械に疎い母は気付かない。暗い中での作業なら、きっと見つからない。いや、どうだろう――考えすぎだろうか。実際に短時間でブレーキの機能をいじることが現実的に可能なのかも、七歳の碧志には、知る由もない。けれど、碧志がいざというときに逃げ出せないようチャイルドロックをかけていた可能性も、捨てきれない。いや、やっぱり、わからない。が碧志の邪推である可能性も、十分にあるのだ。結局、真実は――父と母の亡骸を乗せた、崖の底にあるぺしゃんこのファミリーカーしか、知らない。

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