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第六章 救い②
母はキリスト教徒だった。毎週日曜日には近所の教会に行って、礼拝堂で賛美歌を歌ったり、神にお祈りをしていた。祈にキリスト教のうんぬんは全く分からなかったし、祈の目に「神様」というものが見えたことはなかった。一方で母はよく「神様が」「神様の声」と言っていたから、彼女の目には神が映っていたのだと思う。
母は家の中でもよく、祈っていた。十字架のペンダントを手の中に閉じ込めて。祈りは、神との対話なんだと彼女は言っていた。
母が祈る姿を見ながら――祈は、彼女が祈るのは、幸せになりたいからなのだと思っていた。彼女自身が救われたいからなのだと思った。
けれど、ある日、ぴくりとも動かずに、畳の上に落ちていた彼女の身体と――近くにあった、切れたロープを見たときに「祈れば、幸せになれるのではなかったのか?」「彼女は救われるはずではなかったのか?」「こんな結末になるのなら、何故、彼女は祈り続けたのだ?」「神は――神は、存在するのではなかったのか?」「結局、結末なんてものは、彼女自身がどれだけ抗おうが、最初から決まっていたことなのか?」そんな様々な疑問が一瞬のうちに、まだ幼い祈の脳に過り、そしてすぐに、そのすべてを、考えるのをやめた。
「……いねぇよ、神なんて」
窓の外を眺めながら、吐き捨てるように、言った。
――この世に、神なんて、救いなんて、ない。
ふと、手にやわらかい感触を覚え、祈は視線を動かした。
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