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第六章 救い⑦

「ねぇ、この子最後どうなるの?」 「読めばいいだろ」 「んん~、だって気になるんだもん。はやくしりたい」 「ちゃんと自分の目で最後まで読め。そうじゃなきゃ読書じゃない」 「うぅ……はあい」  そんなやりとりを交わした後、ようやくデッサンが完成し、祈は手にしていたスケッチブックを閉じた。 「終わった?」 「……あぁ」  やった! と碧志は飛び上がり、祈の腕をとると、左右にぶんぶん揺らした。 「いてぇよ」 「やったぁ! これでいっしょに夏祭りだねっ! あ! そうだ! せっかくだしカレンダーにマルしておこっと!」  碧志は赤ペンを手にして、壁掛けカレンダーにスキップしながら近づいていく。しかし、カレンダーに書き込もうとしたところで、声を上げた。「あれ?」  碧志がペン片手に、こちらへと振り返る。 「イノリ、なんでこれ、九月のやつがないの? 八月で終わっちゃうよ、このカレンダー」  碧志がぺらりと八月をめくる。しかし九月以降が切り離されているせいで、そこは、灰色の壁だった。 「それは……いいんだよ、それで」 「え? なんで? どうして?」 「――うるせぇ。いいったらいいんだよ」 「えぇ? でも不便じゃない? 九月から、イノリは日付とか曜日とかわかんないまま生活するの? それってすごくたいへんじゃない?」  ――たいへんじゃないよ。もう、そのときにはいないから。  開きかけた口から、出そうになった言葉。祈は一度口を(つぐ)み、その言葉を封じるように、ごくりと唾を呑みこんだ。そして、ため息と共に、ゆっくりと告げた。 「……誕生日」 「え?」 「九月一日、俺の誕生日」 「え!? そうなの!? イノリ、もうすぐで何歳になるの!?」 「……二十歳」 「うわぁ! すごいね! イノリ、ついにおとなになっちゃうんだね」 「……そうだな」  碧志が顎に指を当て、こてんと首を捻る。 「ん? でもなんで? だったらなおさら必要じゃない? カレンダー」 「――そうだ。せっかくだから新しいやつが欲しいんだ。今使ってるそれ、デザインがダサいからな」 「そういうことかぁ~! あ、たしか施設にいっぱいカレンダー余ってたから、僕、今度持ってくるね! いっしょにかっこいいやつ、選ぼうね!」 「……あぁ、そうだな。楽しみにしてる」  自分の表情や言葉が不自然になっていないか、祈は不安だった。けれど、碧志はそんな祈の異変には気付かないようで、鼻歌を歌いながらのんきに夏祭りの日にマルをつけている。その無邪気な後ろ姿に、祈は内心、ほっと胸を撫で下ろした。

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