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第七章 覚悟②
――二十歳になったら、死のう。
そう、心の中で目標を立てたのは、三年前。それまで毎日机にかじりついて書いていた小説が、ぱたりと書けなくなってしまった頃のことだ。別に、書けなくなったことに絶望していたわけではない。むしろ、それまでの祈は、自分にまとわりつく鬱憤や虚空を追い払うように、執筆に没頭していた。しかし、ある日――急にすべてがどうでもよくなってしまったのだ。
十三歳のとき、小説を完成させ、はじめて出版社に原稿を送った。出版社からすぐに連絡が来た。「ぜひうちから出版してみないか」という誘いだった。祈は二つ返事で頷いた。それから数ヶ月後、祈の処女作『青』が全国の本屋に並べられた。帯のキャッチコピーは――彗星のごとく現れた、十三歳の天才――少々臭い謳い文句だなと祈は思った。けれど、『青』は祈本人の、そして出版社の予想を遥かに超える話題作となり、文字通り、飛ぶように売れた。サイン本の依頼も止まず、祈は出版社の会議室で大量の『青』に囲まれながら、サインを書いていった。祈のペンネームは『ヨル』といった。
祈は、夜が好きだった。反対に、朝や、光が、苦手だった。眩しいのは、息苦しい。思わず、反射的に、目を、そむけたくなる。逆に、夜になると、祈は、ほっとする。夜には、まぶしい光もなく、昼間のように、人も、多くはいない。夜の静寂に包まれながら、祈は呼吸をする。闇の中にいるときだけ、自分が、安全に息をすることが許されるような気がするから。
中学生の祈からすると目もくらむような大金が、毎月口座に振り込まれた。テレビで芸能人が紹介したり、SNSでもかなり話題になった『青』は、半年経ってもその売れるスピードを落とさなかった。
そしてとうとう、その年の芥川賞にノミネートされたと連絡を受けると、今まで以上の売れ行きで『青』は本屋から消えていった。そのときのノミネート作品の中には、今まで何度もノミネートされたが受賞には惜しくも届かないといった、力のある作家もいた。そんな作品が並べられる中、『青』はひときわ輝き、売れた。やはり十三歳という若すぎる年齢が世間の目を引いたのだろう。
そして、運命の日――芥川賞に、祈は選ばれた。史上最年少での受賞だった。
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