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第七章 覚悟④

 ――気付いてしまったのだ。自分の手では届かない過酷な不幸の世界で、それでも懸命に生きようとし、芥川賞をきっかけに輝きを放つ健気な少年を――世間が求めていることに。観客は、そんな『』を見ては、自分のほうがまだましだと無意識に蔑み、安堵し、まるでドラマティックな人生だと、心底涙する。  祈は思った。俺に親がいないことが――そんなに嬉しいか。施設暮らしで学校にも行かずに引きこもることに、何か辛く感動する意味をなぜそれほどまでに求めるんだ。うんざりだった。反吐がでそうだった。おまけに、素顔を晒したせいで、女性ファンが殺到し、祈の住む施設にファンが押しかけたり、祈がちょっとした買い物で外へ出ると、ストーカー被害に遭った。それも一度きりではなく、何度も何度も繰り返され、最終的には警察まで巻き込むかなりの騒動になってしまった。  だが、そんなトラブルに見舞われながらも、祈は書き続けた。一年に何冊も新作を書き下ろし、かなりのハイペースで出版していった。そのどれもが好評で、新たな読者が生まれたり、『青』以降、ヨルのファンである読者たちも、彼の新作を喜んで手に取った。  そして中学卒業――十五歳の春、祈は今まで本で稼いだ金と共に、施設をあとにした。施設自体は、十八歳まで入居が許されている。けれど、祈はもう限界だった。はやく、断ち切りたい。はやく、ひとりになりたい。誰も自分に干渉しない世界で――ひとり、小説を書くだけの人生を求めていた。  しかし、親もいない、僅か十五歳の祈に、部屋を貸してくれる不動産などなかった。途方に暮れていたときに出会ったのが老爺だった。どうしてもひとり暮らしをしたい、という祈の要望を知った不動産のある人間が、老爺を紹介してくれたのだ。老爺と初めて会ったその日には、アパートに連れて行かれ、鍵を渡され、この部屋を好きに使っていい、と、拍子抜けするぐらい、簡単に入居の許可が降りた。老爺の好意を素直に受け取り、祈は新しく決まったこの家で、再び執筆にとりかかった。  毎日毎日、取り憑かれるように執筆に明け暮れた。寝食を忘れ、気が付いたときには四日間何も食べない、というときもあった。そういう頃合いを見計らってなのか、老爺が食料の差し入れを持ってきたりして、祈は、執筆に取り掛かりながらも、人間らしい生活のその最低限度をなんとか守り抜いていた。そんな日常を、一年ほど、続けていた。  しかし十六歳の春――突然、書く手が、止まった。

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