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第八章 変異③

「なんか……わかんないけど、その……だれかが、うしろからついてきてるような気がして……」 「……うん」 「すごく、こわくなって、施設まで走って帰ろうかなって、おもったん、だけど……でも、ここならまだイノリの家のほうが近いっておもって、いそいで、きて……」 「……うん」 「……ご、ごめんなさい。いきなり」 「――いつから?」 「え?」 「いつから、あとつけられてる感覚あった?」  祈の鋭い問いかけに、碧志の瞳が、動揺でぎくりと揺れる。 「……え、えっと、たぶん」碧志は俯き、もごもごと、答えた。「……一昨日、ぐらいから、なんとなく……その」  祈は、両腕を大きく広げた。「ん、ほら」 「……え?」 「――こっち、来い」  碧志がおずおずと、自分の胸の中に収まる。そうして、祈はそっと、碧志の身体を抱き締めて、彼の頭を優しく撫でた。 「イ、イノリ……?」  胸の中で碧志が小さく驚いている。それもそのはずだ。普段、碧志がどれだけせがもうとも、抱っこやハグを祈は嫌って、やらないからだ。 「怖かっただろ?」  碧志の肩が、かすかに震えている。 「ごめんな、気付かなくて」  少年の口から嗚咽が漏れる。祈は目を瞑って、彼の頭を撫で続けた。碧志が声を上げて、わあわあと、堰を切ったように泣き出した。彼の涙が祈の服に濡れた跡をいくつも作る。それでも構わず、祈は碧志を抱き締め続けた。自分の腕の中にある生命は、小さく、震えて、怯えていた。

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