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第八章 変異⑥

 その夜、碧志を帰らせることに不安を感じた祈は、碧志の住む施設に電話をかけた。事情を話して、施設の人間に碧志を迎えに来てもらおうと思ったのだ。しかし、碧志がごねた。今日はここに泊まりたい、と言ってきかなかった。それは無茶だと祈が言うと、碧志はなにがなんでも帰らない! と言い張った。そのやりとりを電話口で聞いていた施設の職員が、明日の朝、祈がついて碧志を施設まで送り届けることを条件とし、今日は祈の家に泊まることを提案してくれた。祈はありがたくその提案を頂戴し、結局碧志の我儘どおり、彼は本日祈の家に泊まることとなった。  電話を切ると、祈はぐったりと座り込んだ。碧志の帰りたくない我儘モードにこれでもかと振り回され、心底疲弊してしまったのだ。怒りを通り越して、もはや呆れさえ生まれてくる。そんな祈の横で、碧志がぴょんぴょん飛び跳ねていた。 「おい、ジャンプするな。音が響く」 「えへっ! だって! うれしいんだもん! イノリの家におとまり!!!」 「お前、本っっっ当くそワガママだなおい。大人を困らせるんじゃねえぞ」 「イノリまだ十九歳でしょ? おとなじゃないじゃん!」 「うるせぇ、クソガキが。ほら、ここで大人しく座って待ってろ。今から晩飯作るから」 「はーいっ!」  その後、祈が作った晩ごはんを二人で食べ、交代で風呂に入った。  碧志のあとに風呂を済ませた祈は、髪を拭きながら和室に戻った。すると、だぼだぼの服を着た碧志が(着替えがないので祈の服を着ている)スケッチブックを開いて、祈が描いた絵を、じっと真剣に眺めている。後ろから覗き込むと、彼が見ていたのは、この前夏祭りに行くという交換条件で、碧志の読書姿をスケッチしたものだった。 「イノリ、これ……」  碧志が顔を上げる。 「あぁ、それ、まだ完成じゃねぇから」 「え!? でもすっごく上手だよ」  実際、絵自体は描き終わってしっかりと完成している。ただ祈は、あともう一つ、この絵に対してやりたいことがあった。それよりも――

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