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第八章 変異⑧

 二人で布団を敷き終えて、さあいよいよ寝よう、というタイミングだった。  ――カリカリ、と扉を掻く音。そのほんのわずかに小さな音を、祈の鋭い鼓膜はしっかりとキャッチした。瞬間、無言で立ち上がり、すぐさま、玄関に向かった。  そんな祈に対し、背後から、碧志の不安げな声がする。「イノリ……?」  ゆっくりと、扉を開ける。部屋の前で待ち構えていたその相手は、勝手知ったるという顔で、ゆったりとその四肢を動かしながら、部屋に侵入してくる。  その相手を目にした碧志は、息を呑み、びくりと、彼の肩が揺れた。 「……何だお前、動物苦手なのか?」  祈は訊いた。碧志が無理ならば、この相手は今すぐにでも閉め出さなければならない。 「あ、ううん……だいじょうぶ。いきなりだったから、ちょっと、びっくりして」 「お前、動物飼ったことあるか?」 「ない」  ――やっぱりそうか。先程の彼の反応は、動物慣れしていない人間のそれだった。けれど、そんな人間同士の会話などどうでもいいというふうに、突然の夜の訪問者は、和室の隅を陣取って、口を大きく開けては、気持ちよさそうにあくびをしている。 「……猫、だよね?」  碧志が確かめるようにつぶやき、そろそろと、慎重に、様子を伺うように、その相手を少し離れたところから、注意深く観察している。  夏の夜、祈の部屋に突如としてやってきて、我が物顔で和室の一角を陣取っているのは――一匹の黒猫だった。

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