48 / 180
第八章 変異⑧
二人で布団を敷き終えて、さあいよいよ寝よう、というタイミングだった。
――カリカリ、と扉を掻く音。そのほんのわずかに小さな音を、祈の鋭い鼓膜はしっかりとキャッチした。瞬間、無言で立ち上がり、すぐさま、玄関に向かった。
そんな祈に対し、背後から、碧志の不安げな声がする。「イノリ……?」
ゆっくりと、扉を開ける。部屋の前で待ち構えていたその相手は、勝手知ったるという顔で、ゆったりとその四肢を動かしながら、部屋に侵入してくる。
その相手を目にした碧志は、息を呑み、びくりと、彼の肩が揺れた。
「……何だお前、動物苦手なのか?」
祈は訊いた。碧志が無理ならば、この相手は今すぐにでも閉め出さなければならない。
「あ、ううん……だいじょうぶ。いきなりだったから、ちょっと、びっくりして」
「お前、動物飼ったことあるか?」
「ない」
――やっぱりそうか。先程の彼の反応は、動物慣れしていない人間のそれだった。けれど、そんな人間同士の会話などどうでもいいというふうに、突然の夜の訪問者は、和室の隅を陣取って、口を大きく開けては、気持ちよさそうにあくびをしている。
「……猫、だよね?」
碧志が確かめるようにつぶやき、そろそろと、慎重に、様子を伺うように、その相手を少し離れたところから、注意深く観察している。
夏の夜、祈の部屋に突如としてやってきて、我が物顔で和室の一角を陣取っているのは――一匹の黒猫だった。
ともだちにシェアしよう!