51 / 180
第八章 変異⑪
――暗闇の中、祈はひとり、立っていた。自分の手の中には、一本の包丁。その切れ味の鮮やかさを掻き立てるように、刃の表面が、残酷にきらきらと光っている。祈は、ごくりと唾を呑むと、その包丁を自らの首元に当てた。
しかし、当てたはいいものの、刃を皮膚へと突き刺せない。包丁を持つ手は恐怖と動揺でぶるぶると震え、刃先を全くコントロールできない。全身から脂汗が噴き出す。自分をどこまでも駆り立てる焦燥と、正常な思考回路をぐちゃぐちゃに崩してゆく混乱で、祈の口から、呻きのような吐息が漏れる。「あっ、はっ……」
――と、そのとき、足元から、ふと、視線を感じた。
ともだちにシェアしよう!