52 / 180
第八章 変異⑫
祈は、息を止め、おそるおそる、顔を下に向ける。
「……え?」
――碧志が立っていた。彼は何も言わず、じっと、神妙な面持ちで祈を見上げながら、祈の足元から離れようとしない。
「おい……なんで……お前が、ここにいるんだ」
碧志は答えない。その黒目がちな瞳を、ただただ、真っ直ぐと、祈に向けている。
――そのとき、祈は気が付いた。
碧志のその瞳の中に、ほんのわずかに、自分が持つ包丁に対して、非難の色が浮かんでいることに。そして、祈の行く末を見守るように、心配と不安と憂いとが、彼のその縋るような視線の奥深くに、確かに、こめられていることに。
「……っ」
祈は――途端、どうしたらいいのか分からず、呆然とした。手の中にある包丁と、足元にいる碧志とを、交互に視線を向けた。
その後、祈がどれだけ声をかけても――彼は、何も言わなかった。
――そこで目が覚めた。
ともだちにシェアしよう!