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第八章 変異⑬

 いつも通りの見慣れた灰色の天井。祈は、布団からゆっくりと身体を起こした。すぐ隣では、すやすやと寝息を立てて眠る碧志がいた。  碧志は気持ちよく眠ってはいるものの、やはり夏の蒸し暑さには勝てないのか、彼の顔にはじんわりと汗が浮かび上がっている。祈は彼の額に、そっと手を当てて、その汗を拭った。  碧志の不規則な寝息が、和室の埃っぽい空気と混ざり合い、その胸がかすかに上下していた。祈は、少年の平和な寝顔を、その青い瞳を細めて、じっと、無言で眺める。 『……なぁ、おい』 『なに!?』 『その、ほら……』  数時間前に発した、自分の言葉が脳内をこだまする。 『――来年、一緒に行けば、いいだろ?』  夏の夜の静けさに溶け込むように、外で鳴く鈴虫のひそやかな声が、祈の耳にかすかに届く。和室の窓からは、月光が真っ直ぐと差し込み、部屋の畳や壁のところどころを照らし、光の当たるその部分だけがぼんやりと浮かび上がっているようにも見える。和室のいちばん隅では、アオがほとんど寝息を立てず、暗闇に己の存在を隠すかのように、静かに眠っている。祈は碧志の頭を撫でながら、月のある方へと、顔を動かした。  夜空に浮かぶ、三日月と、目が合った。祈の青い瞳に、月光が反射した。祈は、その光を自分の内側へと閉じ込めるように、ゆっくりと瞬いた。

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