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第九章 現実と真実①

 ねっとりと、じっとりと、自分の全身から噴き出る汗をすべて吸い尽くさんといわんばかりの、背後からの視線。自分のまばたき一つから、地面を踏みしめる足音まで、そのすべてをくまなく見つめられているような感覚。速くなる、心音。こめかみを伝う、一筋の冷や汗。立ち止まって振り返りたいが、そんなことは、とてもではないが、恐ろしくて、できない。瞬く間に、全身がおぞましい寒気で覆われた。少年は息を潜め、施設への帰りの道端で、内心恐怖した。地面から伸びる彼の細い足は、よく見ると、かすかに震えていた。  最初は、気のせいかと思った。しかし、背後からの見えない視線と、己を取り巻く悪寒が、外出するたびに、何度も何度も、続いた。監視。尾行。追跡。監視。尾行。追跡。紛れもなく、自分は。少年は、自覚した。  ――なぜ、自分は誰かに監視されているのだろう。そして、この監視は、いったいいつまで続くのだろう。考えれば考えるほど――少年の精神は、疲弊していった。  目に見えない恐怖と不安が、少年の身体の隅々にまで行き渡り、目眩と悪寒で眠れない日々が続いた。凄腕のスナイパーから、じっと、いつ何時も、自分の一挙一動を監視され、その命を狙われているような感覚。隙をついたその瞬間、少しでも気を抜いた瞬間――自分は、心臓を撃たれて、死ぬ。  被害妄想にも近い、そんな非現実的な恐怖が、少年である祈の頭から離れなくなったのは、今から六年前、彼がまだ施設で暮らしていた頃の話だ。  ――自分はそのうち、殺されて死ぬのかもしれない。  自分に降りかかる監視のストレスがあまりに重かったのか、当時わずか十三歳だった祈は、そんな悪い妄想に取り憑かれるようになってしまった。それに伴って、外に出るのも、ひどく億劫になった。元々、部屋にこもって生活をしてはいたものの、それでも、気晴らしにと、ちょっとばかし外の空気を吸いたくなる瞬間は、ある。けれど、そんななんでもない日常行為すら、当時の祈にとっては、命取りのように感じられた。  脳内で無限増殖する恐怖と必死に戦い、なんとか冷静さを装いながら、自分の部屋で本の執筆をしていたが、まったく集中できなかった。机の上に乗った鉛筆を持つ右手は、祈の意に反するように、カタカタと震えていた。恐怖で揺れる右手を、咄嗟にもう片方の手で押さえたが、その手もまた、ぶるぶると、震えていた。 『っ、ごめんなさい……』  ――夏祭りの会場に向かう、祈の足が、止まった。

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