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第九章 現実と真実②

 そういえば、があったときも、ちょうど今と同じ、夏の暑さがむせ返るような時期だった。祈は、自分の手のひらをぼんやりと眺めては、思い出した。そうだ、そして自分は――彼女と出会ったんだ――  ふと、背後からの視線を感じ、祈は瞬時に振り返った。  ――そこには、誰もいなかった。  祈は無意識のうちに強張っていた肩の力を抜いて、再び前へと歩き出した。祭りの愉快な音楽が、客どうしの笑い声が、人々の賑やかな喧騒が、少しずつ、少しずつ、近づいてくる。  ――遠くに、碧志の姿があった。彼の周りには、施設の子供たちと、何名かの職員の姿も見えた。  碧志が、祈に気付き、大きく手を振ってくる。祈は頷き、少しだけその歩くスピードを上げて、彼らの元へ近づいて行った。夏の夜を照らす提灯の明かりが、祈の身体を包み込んだ。  碧志が笑っている。何日かぶりに見た少年の姿に、祈の心が()ぐ。  その場で待ちきれないのか、碧志が駆け寄ってくる。祈は、近寄ってきた少年の頭を撫でた。そのときにはもう、かつての不快な過去も、先程感じた背後からの視線のことも、祈の頭の中からは、すっかり消えていた。  ――それは、夜の闇と彼の過去が共鳴し、十九歳の祈の前に現れた、恐ろしい女の幻影だったのもしれない。

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