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第九章 現実と真実③

「あ! イノリ! きたー!」  人混みの中、碧志が大きく手を振って、こちらに駆け寄ってくる。 「久しぶりだねっ! 元気だった!?」 「まあな」  碧志の頭を撫でながら、祈が言う。「なんだお前、甚平なんか着てるのか」 「えへへっ! うん! どう!? 似合うでしょ?」  碧志が見せびらかすように、その場でくるりと一回転してみせる。彼の甚平は、紺と水色を掛け合わせた夏らしい爽やかな柄で、たしかに碧志によく似合っていた。施設の職員がせっかくだからということで、男子には甚平を、女子には浴衣をあつらえてくれたそうだ。 「祈さん、今日はありがとうございます」  ――と、そこへ施設の職員が声をかけに来る。 「あ、いえ、こちらこそ。俺だけ部外者なのに混ぜてもらって」 「とんでもない! みんな祈さんに会いたがってたんですよ。碧志くんが毎日イノリがイノリがって、嬉しそうに話すものですから」  にこにこと職員が頷く。ありがとうございます、とぺこりと頭を下げると、いつの間にか祈の足元には子供がわらわらと集まっていた。 「ねぇ! なんで目の色が青いの~? 」 「おにいさん、どこにすんでるの!?」 「イケメンだけどかのじょはいるの!?」  祈は思わず口をひくひくと引き攣らせた。碧志は別として――祈は元来、子供の扱いが苦手だ。基本、感情があまり表に出ないから怒っていると勘違いさせることもよくあるし、おまけに、口調も乱暴。せめてふっくらわがままボディならばマスコットキャラ的な愛らしさも生まれるだろうが、祈はかなりの瘦せ型。碧志にも「イノリ、ちゃんとごはんたべてるの!?」と、心配されるくらいだ。ともかく――子供が避けたがる要素が満載であることは、祈自身が一番自覚している。 「あー! ちょっと! イノリに近寄らないでよっ」  祈に(たか)る子供たちの間に、碧志が割って入ってくる。 「いーじゃん! おれだってイノリとしゃべりたいもん!」 「わたしも! ねぇイノリン! わたしと手、つなご! しゃしんとってみんなにイケメン彼氏できたってじまんしちゃう~!」  ――うるさい。 「だーめっ! きょうは僕がずっとイノリの隣にいるんだから! ねっ?」  碧志がぎゅっと、祈の手を握り、そうだよね? と、首を傾げて自分を見上げている。 「……まぁ、そう、だな」 「わーい!!」と、碧志がガッツポーズをつくる。 「あおしくんずるいっ! イノリン! 次はかならずわたしとデートだからねっ」 「イノリ! おれ、リクト! 顔と名前覚えてね!」  ――うるさい。  施設の職員は子供たちが騒ぎ立てる様子を遠巻きににこにこと眺めている。碧志の周りではこんなにも賑やかな日常が流れているのだな――と安心するのと同時に、子供の頃の自分とは正反対だ、と思った。

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