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第九章 現実と真実⑫
――青い瞳と、目が合った。その碧眼は、真っ直ぐと、自分を見つめていた。こんなに緊迫した状況下でも、怒り狂う自分に怯むことなく、その目を、一切、逸らそうとは、しない。
「っ、なに……あんた」
「落ち着いて」
男の口調は、冷静そのものだった。それが余計に彼女を苛立たせた。
「離しなさいよ! ねぇ!」
男の拘束から逃れようと、必死に身をよじる。しかし、いつの間にか、彼女があんなに話したかった二人は、その場からいなくなっていた。
悔しくなって、また、男の顔を見た。彼はじっと、自分を見つめていた。ただ、黙ったまま、無表情に、自分の腕を、掴んで離さない。男の手は、強い力で、しっかりと自分を繋ぎ止めているはずなのに、なぜか全然、痛くなかった。
自分を真っ直ぐに見つめるその男の瞳には、非難も、否定も、憐れみも、同情も、なかった。あるのは、ただ――ひとりぼっちの彼女がずっと求めていた――傷ついた自分に懸命に寄り添おうとする、真っ直ぐな優しさだった。
――ぱりん、と何かが割れる音がした。
その瞬間――胸が、千切れて、粉々になった。不意に、涙が、彼女の瞳に浮かんできた。足に、力が、入らなくなった。彼女が必死に積み上げていたはずの虚勢が、絶望する彼女を突き動かしていた怒りが、雪崩のように、がらがらと崩れて落ちた。
男が自分に向けてきた視線は、あまりにも、優しすぎた。男の真っ直ぐなその眼差しは、罪もなく傷つけられ、孤独で凍った彼女の心を溶かすには、十分だった。
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