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第九章 現実と真実⑮
祈は、少し考えて、そして、語りかけるように、告げた。
「……お前は、たとえば、自分がすごく大事にしてるものを、勝手に、他の人にとられたら、どう思う?」
碧志は悔しそうに、ぎゅっと、唇を噛む。「……っ、すごく、やだ」
「さっきの人も、そうなんだ」
前を向く。夏祭りを楽しむ数多の客の頭が、祭りのまぶしい光に包まれながら、ゆらゆらと、祈の視界の中で揺れている。
「……自分が一番好きだった、ずっとずっと好きだった人を、やっとの思いでようやく手に入れて、幸せになれたと思ってたのに……でも、それを、他の人に、勝手に、奪われたんだ」
「……なんでとられちゃったの?」
「分からない」と、祈はかぶりを振った。「でも、たぶん――あの人は、何も、悪くない」
「そうなの? 悪いことしてなくても、そんなひどい目にあっちゃうの?」
疑問を浮かべる碧志の瞳は、そんなことないよね? そうだよね? と、暗に訴えている。
祈は少し黙って、「そういうこともある」とだけ、告げた。彼の言い分を肯定してやりたかったが、すぐには頷けなかった。
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