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第十章 宝物④

 人混みを掻き分けながら、碧志を探す。紺と水色の甚平。紺と水色。華やかな柄の浴衣姿の女性や少女に、つい目が引っ張られる。しかも、屋台の呼び込みや、客同士の会話で、声を張り上げても全く響かない。  ――いない。いない。いない  時折足をもたつかせながら、必死に周囲を見渡しながら、碧志の姿を探す。祈のこめかみに、汗が伝う。あいつ、一体どこに―― 『ねぇ、屋台いっぱいあるね! イノリ、きになるおみせはある!?』 『――ねぇな』 『えぇっ!?』 『でも、そうだな……もしあれば、わたあめ、食いてえ』  ――祈の足が止まった。 「っ、あいつ……!」  そして走り出した。全速力で、駆ける。土を踏み、蹴り上げ、前へ前へと、進む。屋台の看板を見る。見る。見る。「わたあめ」「わたがし」その文字を――その文字だけを、探す。  探していると、途中、何軒もわたあめの屋台が見つかった。が、そこに碧志の姿はなかった。店員に聞いても、碧志らしき客がきたという話は、なかった。 「くそっ……」  額に伝う汗を拭う。気付けば祈は全身びっしょりだった。ぜいぜいと肩で息をし、膝に手をつく。  まだ、諦めるな。全部の屋台を見て回ったわけじゃない。まだ、諦めるな。探せ。探せ!  ――また、駆ける。探す。走る。探す。  周囲の客が、猛スピードで駆けてゆく祈を不思議な表情で眺めている。祈は構わず、走り続けた。  祈の脳裏に、浴衣姿の母が微笑む姿が過る。 「……っ」  くそ――どうしてこんなときに思い出す。  ――愉快な笛と太鼓の音が、どこからか聴こえる。色とりどりの美しい浴衣が――カランコロンと、足音を涼やかに奏でる下駄が――祭りの賑やかな雰囲気をいっそう引き立てる。まだ幼かった祈は、ある年の八月――母親とふたりで、近所で開催されていた川沿いの夏祭りにやってきた。

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