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第十章 宝物⑤
――ひとがいっぱいいるよ、ねぇ、おかあさん。
――ふふっ、そうねぇ。
――ぼくとおかあさん、はぐれないかなぁ? だいじょうぶ?
――大丈夫よ。ちゃんとこうやって手を繋いでいるから。
自分の瞳と同じ水色の甚平を着た祈のちいさな手は、美しい浴衣姿の母親の手としっかり繋がれている。そして、祈のもう片方の手には、母が屋台で買ってくれた、彼の頭より大きなまんまるのわたあめがあった。
――でも、それでも、はぐれちゃうかも……しんぱいだよ、ぼく。
――そうしたらお母さんが祈を見つけてあげるから。
――え? どこにいるかわからないのに?
――ふふっ、大丈夫。お母さん、祈がどこにいるのか、なんとなく分かるのよ。
母親が、その美しい碧眼を柔らかく細めた。とても豊かで、とても幸せそうな笑みだった。おかあさんの顔、きらきらしてる、と祈は思った。
――どうして?
祈の問いに、母親は答えた。「それはね――」
再び『わたあめ』という看板を見つけた。祈はすぐさま足を止め、その周囲を見渡した。探す。探す。店の裏側に、表からでは見えにくい暗がりがあった。そこまで覗いてみる。
すると――
暗い草むらの中、ずんぐりとした体型の男が、小さな身体の碧志を、無理やり奥へ奥へと引っ張っていこうとするのが見えた。碧志がこちらに振り向き――必死の涙目を浮かべている。彼の口が動く。かすれているけど、分かる。
――たすけて。
「碧志っ!!!」
祈は、叫んだ。彼の名を、初めて、呼んだ。
母親の台詞が、再び過った。『それはね――』
『――祈が、お母さんにとってなにより大切な宝物だからよ』
祈は男に勢いよく飛びかかり、腹に蹴りを入れた。男が呻く。その一瞬の隙を狙って、右腕をつかむと手首をぐにゃりと逆方向に捻った。ひぎやぁあ、と蛙のような喚き声が、男の口から飛び出す。その間に碧志が急いでその場を離れた。
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