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第十章 宝物⑧

 祈は何も言わず、よろよろと、碧志の身体を抱き締めた。小さな身体だった。今にも消えてしまいそうな生命だった。とても、か細くて、儚い生き物だった。 「――ごめん」  祈が呟くように、言った。見開いた瞳から、涙が一筋、頬を伝った。 「……ごめんな、碧志」  祈の、碧志を抱き締める力が込められる。涙が、とめどなく溢れ続け、碧志の甚平をそのまま濡らす。喉を引き攣らせ、震える声で、祈は小さく続けた。 「ごめん……ごめんな、碧志……」 「……イノリ」 「本当……っ、ごめん」  祈は、泣いた。泣きじゃくった。自分でも訳がわからないほどに。涙腺が壊れてしまった。ただ、ごめん、と碧志に謝り続けた。あともう少し、もう少しで――この小さな身体に何かしらの危害が加えられ、一生消えない傷がついたのかと思うと、心の底から恐ろしくなった。震えが止まらなくなった。その存在を確かめるように、祈は長い時間、強く、強く――碧志の身体を、抱き締め続けた。  ――後日。 「もう、イノリってばほんとおバカ」 「っ、だから悪かったって言ってるだろ?」 「あのおじさんをみすみす逃がしちゃうなんて、おとな失格だよ」  碧志の言葉に反論する余地もなく、祈は項垂れた。子供ながら――彼の言うことは、ごもっともだった。

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