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第十章 宝物⑨
あの夏祭りの日――行方不明だった碧志をようやく発見した祈は、彼を抱き締め、泣いた。狂ったように泣き、なかなか碧志の身体を手離すことができなかった。その隙を狙って、碧志を連れ去ろうとした男は、なんとその場からこっそり逃げてしまったのだ。祈は全くこれに気付かず、碧志が逃走していく男の後ろ姿に「あ! 」と声を上げるまで、馬鹿みたいに号泣していた。我ながら、かなり間の抜けたことをしでかした、と祈自身も自分の愚かさに辟易していた。
「っていうか、僕が止めなかったら、イノリは殺人犯になっていまごろ牢屋のなかだったんだよ!?」
「っ、それは……」
言葉に詰まる。あの瞬間、祈は我を忘れ、本気で男を殺そうとしていた――
「イノリ、とにかくいろいろやばすぎだって。もうすぐ二十歳になるんだよ!? ちゃんとおとなとしての自覚を持たないと、ろくでもない人間になっちゃうよ!?」
「……はい、すみません」
「イノリなんか、もう、知らない! ひとりで反省してれば!?」
ぷい、とそっぽを向く碧志。祈は、どうしたらいいのか分からず、内心、かなり狼狽えた。はっきり言って、自分に落ち度がありすぎる。碧志が怒って幻滅するのも、無理はない。
「……っ、でもほら、やっぱりあの男がお前のストーカーだったわけじゃん? ちゃんと犯人分かってよかっただろ? 俺があんだけ脅せば、もう絶対お前には手を出してこないだろうし」
夏祭り以降、碧志はひとりで外に出かけても、うしろをつけられている感覚はなくなったという。百パーセントの断定はできないが、あの男がここ最近碧志をつけていた犯人でほぼ間違いないだろう――きっと夏祭りのときも、人混みに紛れながら、少し離れたところから尾行し、碧志がひとりになる瞬間を狙っていたのだ――というのが、施設の職員たちと祈の間で成された結論だった。
「なぁ、マジで悪かったって」
頑なにこちらを振り向こうとしない碧志に、祈が必死に声をかける。
「……」
「――おい、聞いてんのか?」
「僕、すっごく怒ってるよ」
だよな、と祈は思う。これはかなりの大失態だ。いったいどう埋め合わせをすれば彼の機嫌は直るのだろうか――
必死に頭の中をこねくり回しながら考えていると、くるりと碧志が振り返った。
「だから、イノリは僕の機嫌をとらなくちゃいけないの」
「……はい」
「――ということで、プールに連れてって!」
一瞬遅れて「は?」と、間の抜けた声が、祈の口から出た。
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