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第十一章 願い④
少し引っかかったものの、異常は見受けられなかったので、またすとん、とおとなしくベンチへ腰を下ろす。昔から、こういうことはよくあった。日本人には珍しい青い瞳ということで奇異の視線を無遠慮に浴びせられたり、それこそ、あの女ファンのストーカー騒ぎがあってからというものの、祈は他人から向けられる視線に、異常なほど敏感になってしまった。今でもたまにこういうことはある。そういえば、祭り会場に行く途中、なんとなく不穏な気配を感じ取ったが、あれも結局は気のせいだった。自分も碧志のストーカーのことがあって、過剰に反応してしまっているのかもしれないな、と祈は思った。
「イノリー!」
リクトがプールサイドの床をびしゃびしゃと濡らしながら、祈のいるベンチへと駆けてくる。おい、プールサイドはあぶねえから走るなってあれだけ言ったのに。子供の脳みそは三歩歩いたら忘れる鶏と同レベルなのか?
「……リクト、走るな。あぶねぇぞ」
「なぁ! イノリもせっかくだから一緒に泳ごうぜ!」
「……いーよ俺は。お前らで勝手に遊んでろ」
お前らの御守りで俺はすでにクタクタなんだ。
「ぜってぇ楽しいから! 一緒に泳ごうぜ! な!」
リクトは祈の腕を掴むと、ぐんぐんとプールまで引きずろうとする。
「おいやめろ! 離せアホ!」
「いーじゃんいーじゃん! 一緒に夏を満喫しようぜ~? イノリ~」
――と、そこへ加勢するように、他の子供たちもリクトの元へやってきた。
「おい! みんなでイノリをプールに入れてあげようぜ!」
「わー! いいね!」
「イノリも一緒にびしょびしょになろ~う!」
子供たちが祈の両腕を掴んだり、背中を押したりして、ぐいぐい、と祈の身体が前方のプールへ押しやられる。おいおいおい。マジなのかこいつら。本当にいい加減にしろよクソガキ共め。
「っ、おい、マジで離せって!」
じりじりと、プール際まで足が及んでいく。遠くから、ケタケタと笑う声が聞こえた。見ると、少し離れたところでプールに浸かっていた碧志が、無理やり引っ張られている祈を指差しては、うきゃうきゃっといたずらっ子のように笑っていた。
――クソ。アイツ、マジでいつか殴ってやる。
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