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第十一章 願い⑤

 なんとか子供たちの勢いに抵抗しようと、祈は足をジタバタさせる。そのとき――プールの淵のへりに足を引っかけて、見事につるりと滑った。  視界がぐるりと反転する。水に落ちる直前、青空の中央、きらりと光る太陽の周りに、丸い虹がかかっているのが見えた――  祈の身体に衝撃が走る。気付くと、視界は水中だった。鼻に水が入り、思わずその場でせき込んだ。けれど、口にどんどん水が入ってきて、余計苦しくなる。空気を求め――ようやく祈は、思い切り水面から顔を出した。目も耳も鼻も痛い。ゲホゲホと息を吐き、鼻を押さえていると、子供たちがプールサイドから祈をじっと見下ろしていた。  祈は彼らをぎろりと、睨みつけた。マジでこいつら、一回ぎゃふんと言わせて――  ――どっ、沸き出すような、笑い声。  子供たちは揃いも揃って皆、大笑いしている。それを見た祈。ほんの数秒前まで彼の頭を占めていた苛立ちと怒りはすっかり消え、ぽかん、とその口が半開きになった。 「やべーイノリ! 今空中で一回転した!?」 「すごい落ち方したよね!? なんかアクロバティックな感じ!」 「いひひひひッ! あーやばい! おなか痛いよう~」  ミホは腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。リクトは目に涙を浮かべて、口を大きく開き、笑いながらこちらにグーサインを出していた。そのほかの子供たちも、笑っている。心底、愉快そうに、楽しそうに――弾ける、笑顔。ぱちぱちと、きらきらと――。子供たちのたくさんの笑顔と笑い声が――自分の目の前から、空一つない、鮮やかな青空へと繋がり――どこまでも広がっている。  祈は、時が止まったような――不思議な感覚に陥った。  ゆっくりと、その目を見開く――彼の碧眼に、太陽の光がきらりと反射する――笑っている。誰かが、笑っている。自分を、自分の姿を見て、心底笑っている――その瞬間、目の前の、なんでもないありふれた景色が――きらきらと、まるで奇跡のように、眩しく、輝いた――それは人生の、ほんのひと時しか味わえない青春のような――はたまた、一生に一度しか訪れない大切な瞬間を切り取ったアルバムの一ページのような。  ――あぁ、おかあさん。  そして、思い出す。いつかの記憶――忘れられない記憶。母が死ぬ、前日の夜。

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