89 / 180
第十一章 願い⑧
祈は、感情が表に出ないタイプなのか、大抵は無表情だった。ときおり、怒ったり、呆れたり、はたまたリラックスした表情をすることもあったが、彼の心からの笑顔を、碧志は見たことがなかった。施設の子供とあの会話を交わしてからというものの、ますますそのことが、気になるようになってしまった。
――イノリって、なんでぜんぜん笑わないんだろう?
だからつい、口をついて、あのときは、そのままを言ってしまった。
『……イノリって、あんまり笑わないね』
『そうか?』
『そうだよ~! イノリ、せっかくいけめんなんだから、もっと笑えばいいのに!』
彼の笑顔を見てみたい――碧志は次第に願うようになった。でも、どうしたらいいのか分からなかった。彼は毎日しつこく家に訪れる自分を追い出すことはしないが、大抵は本を読むか絵を描いていて、同じ空間にいる碧志にいっさい干渉してこない。自分を嫌っているわけではないだろうが、だからといって、自分を特別好いてくれているかは――正直、全く分からない。
どうしたらいいんだろう――碧志は考えた。ミキとリクトが夏祭りの話をしているのを見て、これだ! と思った。祈と一緒にお祭りなんて自分も楽しいし、きっと祈も喜んでくれるはず――しかし。
『却下』
『えぇっ!? なんで!?』
『人混み嫌いなんだよ、クソ暑いし』
『行こうよ~っ! ミホもリクトも行くって言ってたよ!』
『その二人と一緒にいけばいいだろ』
『やだっ! 僕はイノリといっしょがいいの! イノリと夏祭りに行きたいのッ!』
『うるせぇ、失せろ』
あっさりとその希望は打ち砕かれた。しかしその後祈が碧志の読書姿をデッサンするのを条件に、夏祭りに来てくれることになった。けれど、いざ蓋を開けてみれば、碧志は見知らぬ男に襲われそうになるというトラブルが発生。祈を笑わせるどころか、助けた碧志を掻き抱いて、彼はわんわんと泣き出した。作戦は失敗。ならば――と、今度は自分から条件を出して、祈をプールに連れて行こう、と思ったのだ。どうせなら、施設のみんなも誘おう。夏祭りで知り合ったメンバーだし、きっとそのほうがわいわいできて祈も楽しいだろうから――
ともだちにシェアしよう!